DOUBLE MATURED – PORT
第一章 First Order ファースト・オーダー
憂鬱なのは、新月のせいじゃない。
待ち合わせは、西麻布のバーで、23時。
時間まで、まだずいぶんあった。久しぶりに、銀座を歩く。
街は相変わらず、華やかなイルミネーションで上品に彩られている。
そういえば、初めてのデートは銀座で映画を観たんだった。
珍しく話題の邦画を選んで、二人で号泣した。今思うとちょっと可笑しい。
お気に入りの店を何件が覗く。
いつもなら何かひとつは衝動買いしてしまうところなのに
今夜は、新作のゴージャスなバックも、春物の白いワンピースも、上質なエナメルのパンプスも、
全てがよそよそしくて、他の誰かの為にあるように思えた。
憧れのジュエリー・ショップのショウ・ウィンドウはいつも素敵。
その前にしばし佇む。いろいろなことが、頭をよぎった。
少し歩き疲れて、洒落たビルの8階にあるワインバーに入ることにした。
スタッフは女性ばかりの、居心地のよいバー。一人のときはいつもこの場所に立ち寄る。
ここに来ると安心する。忙しくない時間帯にはカウンターをはさんで、話し相手にもなってくれる。
「シャンパーニュと前菜の盛り合わせを。」
「かしこまりました。只今、テタンジェですが、よろしいですか?」
「お願いします。」
ソムリエールの遠藤さんが、いつもより無口な私を心配する。
「さやかさん、今日、なんだかちょっと元気ないですね。」
「え、そうですか?そんなことないですよ。」
微笑んで返してはみたが、次の言葉が見つからない。
元気がないのは事実だし、その理由もわかっている。
「ごゆっくり、されてくださいね。」
背の高いリーデルが、思い出と未来の狭間で光を放っている。
細やかな淡いゴールドの泡だけが、今、まさに、ここにある、一瞬の現実。
泡は、どこからともなく次々と生まれ出でて、静かに消えていく。
これほどに、この社交的で贅沢なお酒が、儚く頼りないものに思えた夜があっただろうか。
JBLを通して、エラ・フィツジェラルドが『バーモントの月』を奏でている。
今夜私は、 ひとつの決心をしている。
#PINOKO