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ダブルマチュワード-Sherry10

最終章 Double Matured ダブル・マチュワード

外へ飛び出した。雪はさっきよりも重く、冷たく感じた。

何故、飛び出した。ここ数日、今日の事を考えてばかりいた。
彼女はきっとOKしてくれ、高い指輪をねだられるだろうと思っていた。
実際は彼女が一年もロンドンに行くという想定外の話だった。
怒りとも取れる感情が噴出した。こんな気持ちになったのは付き合いだして初めての事だった。
自分の思いをさえぎられた様な気がした。

いつもの僕なら「行っておいで、一年待ってるよ」と言えたに違いない。
結婚と言う言葉を口にした自分にとっては、受け入れがたい現実だった。

西麻布の交差点、愉快に笑う人々が気になっていた。
少し、歩いたおかげで気持ちが落ち着いてきた。
人間って後悔する動物だ。店を出てきた事に後悔していた。
一年は長いようで短い。

「結婚準備しながら待ってるよ」

そう言うべきだっただろう。
僕にとって彼女は何者にも変えがたい大事な存在。
わかっていて、素直になれなかった。いや、素直になってしまった。
それだけ彼女を愛していたのだろう。

店に戻りたかった。彼女はまだ居るだろうか?
『エンドスケープ~最後に見た風景~』皮肉な店名だな。
4年近く年月ではまだまだ足りないのかもしれない。
バルベニー12年 ダブルウッドの様に二つの樽の絶妙なマチュワードにはならなかったかもしれない。
でも、あと一年の月日は絶妙なバランスを生むかもしれない。
二人のダブルマチュワードは少し早すぎたのかもしれない。

僕と彼女はダブルマチュワードできるだろうか?シェリーとポートの個性の違いはいつしか最高の一杯になる。
人生には少し寝かせる時間が必要なのかもしれない。

「行っておいで、僕はさやかが好きだから・・・」

                                            <完>

#NH

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