第四章 Fourth Order フォース・オーダー
「いらっしゃいませ。」
扉を開けるとマスターが微笑んだ。気配を察して、彼が振り返った。
軽く手を上げて、優しく迎えてくれる。いつもと変わらない彼がそこにいた。
シガーの香りがほのかに漂っている。ここに来ると、ちょっと背伸びをしてしまう。
そう、バーは背伸びをさせてくれる空間でもあるのかもしれない。
私は、エントランスでファー付のコートと、白いマフラーをマスターに預かってもらい
ゆっくりと歩いて彼の左に座った。何故か膝がふるえているのがわかった。
この寒さのせいだけじゃないような気がした。
彼のグラスは空いていた。
ジャケットを脱いだタイトなベスト姿の、肩のラインにしばし見とれる。
今夜は少しお洒落してるみたい。
チェックのシャツにチェックのネクタイを合わせるなんて、なかなかできないと思う。
大人の余裕・・・かな。
人当たりが柔らかくて、嫌味が無くて、余計なことを言わないさわやかな彼だから
さらっとできて、その上似合うコーディネートなのかもしれない。
それだから、きっと、モテるんだ。
「次は? 何頼むの?」
「ジン・リッキーにパルフェタムールを少し落としてもらうよ。」
パルフェタムール、「完全な愛」という意味のリキュール。
こういう頼み方ができるのも、やっぱり大人の余裕?
冷めてるわりには、こういうのが嫌いじゃない私のことをよくわかってる。
今夜の彼は、何故かいつもよりご機嫌だ。
きっと仕事がうまくいっているのだろう。
そんな彼を見ていると、私は余計に憂鬱になってきた。
「ブルームーンをください。」
彼が怪訝そうな顔をしているのがわかる。見てはいないけど、なんとなくそう思った。
-ブルームーンには、「出来ない相談」っていう意味もあるんだ。
いつか彼がそう教えてくれた。
このオーダーに深いメッセージを込めたつもりは無い。
あるとすれば、これから伝えなければいけない話を、彼が理解してくれるかどうか
不安な気持ちがそうさせたのかもしれない。
「出来ない相談」は、もしかしたら私にとってのではなく、彼にとっての。
#PINOKO