第四章 Fourth Order フォース・オーダー
出会った頃、カクテルをあまり好まなかった私にとって、彼はカクテルの先生でもあった。
私は、特段ジンベースのカクテルが好きになった。
きっかけは、サンジェルマンでの彼との『フレンチ75』。
ジンとシャンパンの組み合わせなんて、初めは考えられなかったけど
飲んでみたらすごく美味しかった。
スノッブに輝くシャンパンの華やかな香りに、クールなジンの芳香が自然となじむ。
それぞれが、それぞれの成り立ちで産まれ、全く別の個性を持っているのに。
出会いのときの煌きが、『フレンチ75』そのもののように思えた。
あれから4年が経とうとしている。
ほどなくして、ヴァイオレットに光る宝石みたいなカクテルがそっと出された。
一瞬、左手の『ピジョン・ブラッド』が、その光に照らされて蒼く見えた気がした。
ブルームーンは、その深く朧げな色合いと媚薬のようなほのかな甘みに、
涙のような酸味が加わって、とても幻想的なカクテルに思える。
このオーダーには特に深い意味は無いような気もするし、あるような気もする。
どっちつかずの私に、彼が嬉しそうに話し始めた。
「来月から本社に戻ることになったよ。一応、栄転だよ。」
「そうなんだぁ!おめでとう。」
「給料も少し上がるんだよ。」
「やったね。」
彼にとっても私にとっても、嬉しいニュースだった。
ずっと本社勤務をねらっていたのも知っている。
転職して、いろんな苦労もしてきただろう。この数年は、本当にがんばっていた。
一方で、これから話さなければならない、私のニュースはどうなんだろう。
嬉しいニュースでもあり、嬉しくないニュースでもある。
次の言葉が見つからなくて、店内のスクリーンに目を移すと、
今まで観たどの時よりも綺麗なミシェル・ファイファーが、ロングドレスを着て歌を歌っていた。
「『恋の行方』ですね。」
マスターがグラスを拭きながら、ひとりごとみたいにそう囁いた。
シガーの香りが強くなってきたその時、どこかで携帯の着信音が鳴り響いた。
私は次の言葉の用意が出来た気がした。
#PINOKO