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ダブルマチュワード-Sherry4

第二章 Second Order セカンド・オーダー

テールスープから立ち上る湯気を見ていた。
32歳の男が緊張している。今日一日ずっとだった。
バルベニーを口にして、タバコに火をつけた。
彼女に逢ってから言う言葉を選んでいた。
一般的は言葉にするか、それとも少しかっこつけた言い回しにするか。悩みは尽きなかった。
テールスープはここの名物だった。しっかり時間をかけて煮込んである。
あせらずゆっくりとだ。
寒い季節には身も心も温まるスープだった。

「皆さんお疲れ様でした。家に着くまで気をつけてくださいね。今後も当ツーリストを
よろしくお願いします」
無事に成田に帰ってきた。大きなトラブルもなくホッとしていた。
「竹原さんありがとうございました。楽しい旅行になりました。」
高橋夫人が温かい言葉をかけてくれた。
「一度、食事にでも行きましょう。さやかちゃんも一緒にね」
「ハイ、喜んで。旅行中はありがとうございました。必ず連絡しますね」
高橋夫妻と彼女は随分と仲良くなっていた。
「竹原さん、映画の約束忘れなでくださいね。」
「了解です。電話させてもらいます。」

その時はよくある光景だと思っていた。
ツアーで何日も一緒に行動するとある種の連帯感が生まれ、別れ際にこういう会話になる事がよくある。
しかし、今回のツアーは高橋夫妻と彼女のおかげで随分楽しめたのは事実だった。
成田から会社に戻り、報告をした後、僕は家路についた。
時差ぼけは何回行っても慣れないものだった。
翌日、メールの着信音で目を覚ました。

「おはようございます。時差ぼけは大丈夫ですか?私は元気に出社しています。
映画の約束ですが、来週あたりどうですか?都合を教えてくださいね。
今日も元気に頑張りましょう。   さやか」
以外と女の子らしいメールに驚いた。
僕は返信した。
「お疲れ出てないですか?私はお休みです。早速出勤ご苦労様です。
映画の件ですが、当分添乗がないのでいつでもOKです。銀座あたりなら仕事終わりでも行けそうなので
金曜日あたりどうですか?   竹原正孝」
彼女からの返信は驚くほど早かった。
金曜日、マリオン前で18時半だった。
何だかワクワクした気持ちになった。

5つ下の彼女は、僕から見れば妹のような存在かもしれない。
でも、何だか違う感覚だった。感情表現が下手なように見える彼女だが時折見せる笑顔が温かく思えた。
子どもの様な所と高級ブランド好きという今時の女性の両面を持っている。
興味をそそられる存在だった。
金曜日、お気に入りのネクタイをしめて出勤した。
朝から仕事を精力的に片付けた。今日は残業だけはしたくなかった。
6時ジャストに走るように会社を出た。
さすがに、金曜日という事もあり街はかなり賑っていた。
待ち合わせの10分前にマリオンの前に着いた。
僕はわかりやすいであろう場所を探してそこで待った。
女性と映画に行くのは久しぶりだった。
映画は空いた時間に一人で行くものといつの間にか決めていた。
「ごめんなさい、待ちました」
そこに立っていたのは、ツアーの時は違う大人びた感じの彼女だった。
「今来た所ですよ。それにまだ時間前です。」
選んだ映画は「いま、会いにゆきます」だった。
話題の作品だった事もあってか、かなり込み合っていた。
映画終盤は涙の洪水だった。
「泣きすぎですよ、竹原さん。」
彼女は笑いを隠すように言った
「ごめんね。でも鈴木さんもけっこうでしたよ」

二人の会話は途切れる事は無かった。
並木通りのビルの3階にある創作和食の店に行った。
映画の話やロンドンやフランスでの話しで盛り上がった。
終電までには少し時間があったので一軒飲みに行く事になった。

学生時代から行き着けのバー「オープナー」に足を向けた。
細い階段を地下へと下りるとガラス張りの扉を開けた。
「いっらしゃいませ」
キリッとしたベスト姿のバーテンダー達が一斉にこちらを向いた。
「いい店ですね」
彼女は子供のように店内を見回していた。
「銀座にしてはリーズナブルで、居心地のいい店ですよ」
僕はハイボールを注文し、彼女はお任せのカクテルを注文した。
不思議なくらい彼女と一緒に居る事が自然に思えた。
僕は彼女と呼べる女性がいつからいないのだろう?
大学を卒業した後、アパレルに就職したが先輩に誘われて今の会社に移って3年になる。
考えれば、今の会社になってから居ない様な気がする。
どうしても、添乗で不規則になる事も多くなかなか相手のスケジュールも合いにくい。
それを居ない理由にしている気もしないではないが、仕事が楽しくそれ所ではなかった感もある。
僕達の前には小さな泡を立てたグラスと大ぶりのカクテルグラスが置かれた。
「へぇ~ゴルフやってたの、僕はそっちはからっきしダメです」
「会社に入ってからはあまり行けてないですけどね」
話するたびに見た目のイメージと違う彼女が見れて、ある意味惹かれていく自分を抑制する事が
出来なかった。
残ったハイボールを飲み干した時、彼女も一杯目のフルーツマティーニを飲みほした。
「もう一杯飲んで帰りましょうか?」
「じゃぁ、私オロロソでしめます。」
「鈴木さんって本当にお酒強いね。」
彼女は照れ隠しに僕の左の二の腕を軽く押した。
終電の時間を気にしつつも、もう少し彼女と居たいと思う気持ちが強くなっていた。
お互い、お酒が入ったせいもあったのだろうか、自分の事を色々話した。
「そろそろ行きましょうか」
「そですね」
何だか彼女が残念そうに見えたのは僕の勘違いだろうか?
駅に向かう道すがら、だんだん淋しくなっていく自分を感じていた。
街は金曜の夜、まだまだ人は多かった。
「今日は本当に楽しかったです。ごちそうさまです。」
「いえいえ、こちらこそいい夜でした。」
お互いが突っ立ったままだった。
「鈴木さん、また、逢えますか」
「もちろんです。ただ、鈴木さんって言うのはやめてください。さやかでお願いします。」
はずかしそうな彼女が愛しく思えた。
「いきなりだけど、付き合ってもらえたりはしますか?」
「もっとはっきり言ってください」
強い眼差しだった。
「好きになりました。付き合ってください。」
28歳でこんな告白するとは思わなかった。でも、彼女がそうさせた。
彼女の表情が一瞬明るくなった
「ハイ!」
この笑顔は僕の宝物になった。

#NH

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