MENU

■バイヤーは北へ向う 



そうして、ミラノの街にもくたびれて、
ふらりと電車に乗って、郊外の町を訪ねてみたくなったのでした。
ニッポンでは明治維新の頃、
イタリアでも、リソルジメントという運動が起こって、都市国家が統一されます。
電車はその時代を背景に描かれた小説の舞台となった風景を走ります。

国家の統一には、
まず共通となる「コトバ」を統一しなくてはならなかったのです。
明治維新の後で、ニッポンでも、西郷さんの西南戦争が起こると、
官軍は、全国からの寄せ集めで、コトバがバンラバラ。歩行がバンラバラで、
いくら圧倒的優位な戦力を以ってしても、イクサにならなかった。
もし、あの時、田原坂に雨が降らなかったら・・・。
とかいまでも、思うわけです。
例えば、青森の人と、名古屋の人と、博多の人が・・・、
「廻れ右」とか言ったって、当時は全く方言バンラバラで、
何を言っているのか、ぐちゃぐちゃに為ってしまうだろうに。
イクサどころでなかったということです。
それで、焦って、ラジオ体操やら、手紙の書き方やらで、パターン化して、
近代化を急ぐ国々は、何処も急速に、全体主義の道を歩み始めるわけです。
それは酒にも謂える事で、けっこう妖しげなものでも、
「旨い・旨い」と広告されれば、「旨い・旨い」と喜んできたのでしょう。

――車窓にひろがる、山の手の高級住宅街の光景を眺めながら、
そんな事を思い出していると、
もう、アルプスの麓なのであります。

そうだこの辺りで、ちょっと下車して、酒屋へ行こう。
というのは、こじつけの理由で、
理由はともかく、ちょっと立ち寄ってみたくなりました。

おう、河だと思ったら、湖であったのです。
なかなか気持ちのよいところです。
振り向けば、岩山が街に迫っているではありませんか。
さっそく、その辺りに、バールを探して、1杯飲もうではないか。

それで、バールをハシゴして、街をふらついて、
峨峨たる岩山に、行く手を阻まれるように、
また、ミラノへと引き返したのです。
   

#■JOURNY

この記事を書いた人