ある休みの晩、ちょっと2、3杯ひっかけに(のつもりで)近所のパブに行った。カウンター6席だけの小さな店内には季節はずれの暖炉の火を囲むように、長いすが並んでいて、その暖炉の炎は僕の背中を熱すぎるくらい照らしていた。
客は僕を含めて5人のみ。全員が顔見知りである(田舎なので全員が顔見知りというのは、別に珍しいことではないのですが…)。その中の一人、キャンベルがその日、誕生日とのこと。それなら僕から一杯と…。しかし、彼だけにおごるのも何なんで、みんなに「どう?一杯」。これがスコットランド(この村?)の仕切りなのであります。
2、3杯のつもりだったはずが、今度はそのキャンベルからご返杯をあずかり、その後キャンベルの奥様からもみんなに一杯ずつ、それからまた別の誰かから…。最後にはオーナーのジョーまでも自分の財布からお札を取り出して、みんなに一杯ずつとなってしまった(ちなみに彼は一切お酒を飲みません)。これをラウンドと言います。たとえば5人で飲めば、最低5杯は飲むわけで、それがコーラでもウイスキーでもいいわけです。ここで「彼は僕よりも高い物を飲んでいる!」はタブー。
話は少し変わって、スコットランドへ旅行に来る理由は様々で、釣り、山登り、ただ単にボーッとしに、あっ!それともちろんウイスキーも…。その中で「スコットランド人におごってもらおう!」と思って来る人は皆無のはず! しかし旅の先々で「どっから来たん?」から始まり、「スコットランドは初めてかいなー」で、だいたいその後「Do you like whisky?」になることがほとんど。そこで答えが「Yes!」ならば、「じゃあ、俺から一杯!」というふになってしまう。ここでのポイントは、おごってもらったら、明るくニッコリしながら「Thank you」と言うことである。
これでおごった方もおごりがいがあるというもの。もちろん、おごりだからといって高い物を注文するのではなく、相手のことも考えた物にしておきたい。スコットランド人のもてなしは見返りを期待しない純粋なもの。それでも風習に従い相手のグラスが空になれば、こちらから「何か飲む?」と聞くのが今回のポイント2。それでもほとんどのスコットランド人は「No!No!Thanks!」と言ってくるので、「Are you sure?」と聞き返し、もしそこで「Absolutely」ならば、「そんじゃ…」と引くのです。スコットランドのマナーは常に"持ちつ持たれつ"だからなのです。
僕が知る限りでは、日本から来る旅行者の多くがスコットランド人に対して、とてもフレンドリーで、それにつられてか(?)村のスコットランド人も我々日本人に、とてもフレンドリー! 村の住人の一人としては本当に嬉しく、ありがたく思うのです。また、村での日本人に対する評判はポジティブなものが多く、その日本人代表として僕は日々健全に過ごしているわけです。
あの晩、ジョーがおごってくれたウイスキーで、その夜のラウンドが終わるように思えたのですが、そこからまたもう1ラウンドしてしまったことを付け加えておきましょう。それなりに酔ってしまった夜でしたが、それでも僕はクダを巻くこともなく、ゴウゴウと燃えさかる季節外れの炎を小さな背中いっぱいに受けながら、背筋をピンッと伸ばして飲んでいたのでした。村人の期待に応えるべく…。
皆川達也 TATSUYA MINAGAWA
1969年山形県山形市生まれ。18歳から京都でバーテンダーの職に励み、1998年にスコットランドへ渡る。エジンバラで4年間過ごした後、スペイサイドのCraigellachie HotelのQuaich Barでバーマネージャーに。2005年6月より同地Highlander innでダイレクターとして日々接客に務める。現在「Scottish Field Magazine」のWhisky Merchants' Challengeでテイスターとしても活躍中。趣味はサーモン釣り、マラソン。
#皆川達也のハイランダーイン日記