今年も恒例といえる春のイベント「リンバーグ・ウイスキーフェスト」に仕事(?)で行ってきました。年々充実さを増すこのイベントは、最近ではあまりお目にかかれない珍しいボトルや、50年代、60年代にボトリングされた稀少なウイスキーが、ショットでも購入可能という素晴らしいもの。ホテルを宣伝するという名目で来ているとはいえ、何万本とあるウイスキーを目の前にしては、仕事も手に付かず「ちょっと、またトイレへ…」を繰り返し、掘り出し物探しへ。しかし心のどこかで「仕事で来ている」というのがあるせいか、心底楽しめないのも事実。
たしかに数多くあるウイスキーの中で、そのクォリティーの高さから「これは旨い!」や「Out standing」は、少なからずあるが、それとは違った要素がそれを補うこともしばしば…。例えば、蒸留所で飲むウイスキー…これに勝るものは多からず。ニューヨークで飲んだBUD(バドワイザー)は、いつもより美味しかったし、久しぶりに日本の座敷で食べるものが旨いのと同じである。
だいぶ前のことになるが、2週間程度の休みをとって中近東を旅行しようとした前日、早朝の飛行機のことは頭にあったにしても、ホリデーを明日にした僕は少し興奮ぎみで、ウイスキーのボトルに手をつけずにはいられなかった。ちょっと高級でレアなアードベッグを「もう寝なアカン…。朝4時起きやもんな…。ほんでも、もう1杯だけ…」と、ひとり酒をしたことは、今でも記憶に新しい。ホリデームードと共に味わったアードベッグは、まさしく美酒そのものだった。
2週間後、それなりに日焼けした肌と共に帰ってきた僕は、日本に住む親友から手紙を受け取った。その手紙は僕がまだ会ったことのない、彼の親しい友人が急死したという内容だった。僕の親友(彼)は、いつもエネルギーに満ちあふれ、常に優しく、「オッサンみたいになりたいわ!自分(あなた)は俺の憧れやな」と思える人物である。しかし、その時の彼のあまりにも悲しい手紙は言い表わせないほど悲痛なもので、それを読み終える前に手を出した、ホリデー前夜に飲んだ「美酒アードベッグ」が、不味いのなんの…。「あれ?これってあん時のウイスキーやんな…」と、自分で確認してしまうほど、僕の舌には不出来に感じたことを憶えている。つまり心の状態は、体のそれと比例しているということです。
最近、職場で僕の右腕的存在として活躍するクリスの家に、待望の女の子が生まれた。それに至るまでの道のりは、まだ若いクリスには不安と期待の入り交じった日々だったに違いない。仕事が終わると一杯やりながら、彼の悩みを聞いたりしたこともあった。その時クリスが飲んでいたのはウイスキーだったか、ビールだったか憶えていないが、悩みを話しながら飲んだそれは、美酒とは正反対のものだったのではないだろうか。ギネスは普段よりもさらに苦く、ウイスキーであったならば彼の喉に鋭くつき刺さっていたかもしれない。そんなヤツと一緒に飲む酒が、僕にとっても旨いはすがない。
そのクリスが大喜びで店に入ってきたある早春の夜、携帯電話で撮ったクリスの分身の写真を皆に見せながら「女の子だったよ!3400グラムで、さっき5時30分に生まれたんだ!」。それを聞いた常連たちからは「とりあえず新米のお父さんにギネスを1杯!」。それを"グビッ"といったクリスから"プハーッ!"という声と共に照れ臭そうな笑顔がこぼれ、僕はその時「こいつ旨そうに飲むな。あっ!あたりまえやんな」と思いながら、「もう1杯!」の声を聞く前に、すでに2杯目のアイリッシュワインをつぎ始めた。それを2杯、3杯やった後、クリスは「それじゃ、今度は僕からジェムソンを皆に1杯ずつ!もちろんタツヤも飲むだろう!」の問いに、普段は仕事中にお酒を口にしない僕も、この時ばかりは「Why not!」と…。
クリスからのジェムソンは、ここ最近飲んだジェムソンの中では一番の出来だった。新しい命の誕生と、常連たちの笑顔、そしてなによりも、いつもより深く顔にくい込むクリスの顔のシワ。これからクリスはもっと美味しいジェムソンを飲むだろう。それと反対に今までに味わったことのない、とんでもないギネスに顔をしかめるかもしれない。それでも新米お父さんは、新米お母さんと共に頑張っていかなくてはならない。そんな新米お父さんを、僕は「その道では先輩!」と、意見をあおぐ時がくるかもしれない。その時はヤツにもう一度苦いギネスを飲んでもらいながら、美味しいウイスキーを飲むための相談をもちかけるつもりだ。
皆川達也 TATSUYA MINAGAWA
1969年山形県山形市生まれ。18歳から京都でバーテンダーの職に励み、1998年にスコットランドへ渡る。エジンバラで4年間過ごした後、スペイサイドのCraigellachie HotelのQuaich Barでバーマネージャーに。2005年6月より同地Highlander innでダイレクターとして日々接客に務める。現在「Scottish Field Magazine」のWhisky Merchants' Challengeでテイスターとしても活躍中。趣味はサーモン釣り、マラソン。
#皆川達也のハイランダーイン日記