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皆川達也のハイランダーイン日記 2010年4月

 今ごろになってと思われるかもしれませんが、近代歴史文学の巨匠、司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』に、最近はまっています。幕末の時代に、独自の発想で、他の志士とはまったく違ったやり方で幕府打倒を試みた竜馬の生き方は、多くの人々を魅了したのではないでしょうか。僕は京都時代のバーテンダーの先輩からも「お前は"竜馬がゆく"を読まなアカン!」と言われ、エジンバラ時代の上司U女史からも「読まなきゃダメよ!"竜馬がゆく"は…」とシリを叩かれました。

 先頃、日本帰省の際、古本屋で全8巻を手頃な値段で買いたたき、僕の読書の秋は始まりました。しかし人よりも一文字一文字をかみしめて(?)読んでしまう僕は、現在、読書の冬に突入しています。

 この竜馬という男、酒が恐ろしく強かったと思われます。2~3升の酒を飲んだ後でも、他の剣客達を相手に、その全員を叩き斬るのではなく、峰打ちにできるほどの剣の達人であり、強いのは酒だけはありませんでした。しかしそんな竜馬でも「酒のせいで足元がふらつき…」とか、「その後、竜馬は大いびきをかいて…」ともある。それでは我が巣を観てみよう! 人それぞれの酔い方を観ていると、もちろん酒の強い弱いはあるとしても、問題はその後の始末である。

 僕の良き友人ニックは、毎週末カールスバーグをパイントで7~8杯飲みながら、キューバリブレを3~4杯飲む。それでも閉店間際になってもシャンとして「タツヤ!タクシーを呼んでくれ!」と、今週末もクールであった。まず彼からグチを聞くことはない。またみだりに酔いすぎたりもしない。

 一方、ニックのゴルフ仲間ボブキャットは、下戸ではないにしても決して酒豪ではない。テネンツをパイントで4杯も飲めば、昔のヤンチャな時代を思い出すのか、それとも未だにヤンチャなのか、その動きと発言をこちらが止めなくてはならないこともしばしば。身の丈に合った飲み方をしなければいけないのではと思うことも…。

 竜馬の考えに「討論などは滅多なことでするもんじゃない!たとえ相手を言葉でねじ伏せても、ただ恨みをかうだけだ」というものがある。そこに僕がもう一つ付け加えるとすれば、「酒の席ではなおさら…」ということ。シラフでカウンターに立つ僕から見れば、時に政治、宗教、哲学等の意見のまったく違う者同士が、5~6パイントやった後に話をしようものなら、流れは平行線どころか末広がりに、あさってやおとといの方角へいってしまう。その結果、どちらかがなんらかの理由をつけて帰って行く。その後に残った方は、帰ったヤツの悪口を始めるのである。「アイツは全然世の中の仕組みが解っていない!」など…。それを見ている僕を含めたソコソコのシラフ組は、過去に起こった自分のことは棚に上げなて、「人の振り見て我が振り直せ!」と思っているはずである。

 竜馬の女性観も一目置くに価する。酒の量にかかわらず、自分の立場を客観的に見て、常に自分の欲望と道徳のバランスを上手にとっている。

 毎日夕方5時頃に顔を見せるロスは、おしゃべりな気のいい中年男。もともと異文化に興味があるロスは、僕を日本語の「センセイ」と崇め、会話の節々に「アリガトウ」「サヨナラ」といった挨拶が混じる。ある日、「じゃあ、今夜はこれ飲んで帰るか!」のセリフの後、それをグイッと飲みほした時に彼女達は入ってきた。村ではまずお目にかかることのない若い日本人女性が4人である。彼女達も僕が日本人だと気づくと、気さくに話をしてくれたのは嬉しかったが、しかしそこで「グイッ」とやって帰るはずだったロスが、またもう一杯注文しはじめたのである! 彼は「日本語で話しかけてみようかな?」「"ゲンキ"って言うんだっけ?」と僕に聞いてくる。「話したいんなら、別にええんちゃう?」と彼の背中を押したりもしたのだが、「俺の日本語が通じなかったらどうしよう…」「彼女達、英語は話せるのかな」とモジっているだけ。彼は女性となると、かまえてしまうタチなのだ。

 『竜馬がゆく』を読んでいる最中に「俺と竜馬は、なんか似てんナー」と思い始めた僕に、妻がボソリと「"竜馬がゆく"を読むと、男の人は皆そう思うらしいヨ!」と一言。はっと我にかえり「そうやな…。皆が皆、竜馬みたいやったら、この本そんなおもろないかもナ…」と実感。

 竜馬のダイナミックな生き方や彼の酒宴での態度、女性に対する姿勢は僕の心をもぎ取った感がある。もし坂本の兄貴がもう少し長生きしていたなら、「ありゃー、グラバーさんの国にはこんな美味しい酒があるんですかぁ。初めてやわ!こんなん!」と、関西弁ではないにしろ、きっとこれに似たことを言ったに違いない。


皆川達也  TATSUYA  MINAGAWA
1969年山形県山形市生まれ。18歳から京都でバーテンダーの職に励み、1998年にスコットランドへ渡る。エジンバラで4年間過ごした後、スペイサイドのCraigellachie HotelのQuaich Barでバーマネージャーに。2005年6月より同地Highlander innでダイレクターとして日々接客に務める。現在「Scottish Field Magazine」のWhisky Merchants' Challengeでテイスターとしても活躍中。趣味はサーモン釣り、マラソン。

#皆川達也のハイランダーイン日記

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