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錆びた釘-1

「錆びた釘」

1章

朝起きると、頭の端に軽い鈍痛があった。

軽い二日酔いである。

二日酔いごとき、よくあることなのだが、今日の私は無性に嫌気がさした。

吐き気は酔いからくるものではないと確信した。

遮光カーテンの隙間から漏れる朝日から逃げる為、私はベッドから這い出た。そこで、スーツを着たまま寝ていたことに気づき、更に反吐が出そうになった。

「シャワーを浴びよう」

そう思って、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出し、風呂場に向かった(この時、冷蔵庫の中に昨夜履いていたと思われる靴が入っていたが、死にたくなるので、視なかったことにした)。

熱いシャワーを浴びながら、昨夜の事を思い出していた

2章

2人の待ち合わせは、決まって初めて行くBarだ。

2人は馴れ合う事が嫌いだ。だから、始まりはある程度の緊張感が欲しい。

BarCLANNAD。聞いたこともない。大丈夫か?いや、それでいいのだ。

客は、奇抜な髪型をした(世間ではアフロと呼ぶ)若者が1人いるだけだ。読書をしながらボトラーズのウイスキーを飲んでいる。どんな店だ?

「お一人さまですか?」

スタッフゥにそう尋ねられ、

「もうすぐ一人来ます」

と答えておいてカウンターの真ん中に座った。端には例の若者がいるので、逆端に座るのは気が引ける。

本当は、喉が枯渇しきっていてビールが飲みたくて仕方がないのだが、ここでも私は緊張感が欲しいが為にワインクーラーに冷えるグラスシャンパンをオーダーした。

見たことがない銘柄だ。味は好みのタイプである。

「雲行きが怪しいですね。」

などと、凡そ初めて会う人間同士には全く意味のない会話を振られ

「明日は雨らしいですからね。この様子じゃあ今夜も。」

などと思わず答えてしまった。

全く意味のない会話だが、必要性はあった。何故なら、ここでの天気の話は”話すことがない”からするのだ。

”話すことがない”のなら、”話さなければいい”わけである。

しかし敢えて天気の話をすることに・・・くどいので省く。

腕時計の針は、8と9の間を指している。20時に待ち合わせの予定だったがまだ来ていないということは、仕事が終わっていないのか、交通の不具合か・・もしくはもっと違う何かか・・

どちらにしても、今ここにいないことだけは確かである。心配な気持ちがないとは言い切れないが、心配しても対象が目の前にいないのだから、意味のないことだ。

電話をするという極近代的な手段もあるが、相手から電話がないのだから、これも得策ではない。

今私に出来ることは、待つ。且つ、飲む。これが2人の信頼関係、更には初めて来たこのBarとの信頼関係を損なわない唯一の手段だ。

こんな事ばかり考える自分に、つくづく嫌気が差す。

2杯目は、グレンリベット・ナデューラ。3杯目はアードベッグ・ベリーヤングをオーダーした。これには全く意味がない。あるとすれば、”飲みたいから飲む”という原始的なものだ。

アードベッグを飲み干した頃、店の扉が開いた。

扉が開く度にそれを振り返り、確認するのは少し格好つかない気がし、背中で気配を辿ると、どうやらキョロキョロと辺りを見回しているようである。

スタッフゥが一瞬目配せをし、

「お待ち合わせですか」

と尋ねる。と同時に

「あ~、いた~っ」

と読書青年の隣に座る。女だ。

私は”客は2人しかいない上に、ボンバーヘッドの男を探すのがそんなに難しいか!”と突っ込みを入れたくなったが、待ち人が来ない自分への哀れみだと気づき、飲み込んだ。

女はラスティネイルをオーダーする。なかなか渋いじゃないか。

ベースにはタリスカーを使っている。

「タリスカーを使うんですか?」

などとその女も言っている。ボンバーヘッドは、会った時こそ愛想良く笑っていたが、喋ってはいない。また本を読んでいる。

小粋なのかどうなのかよくわからないシチュエーションに戸惑う。私は普通に酒を楽しんでいる。と思う。

どうしても、私もラスティネイルが飲みたくなった。しかし如何せんタイミングが悪い。

「それ、美味しそうですね。私も飲んでみたいです」

と言ってみた。

快くスタッフゥはラスティネイルを造ってくれた。材料はまだカウンターの上に並んでいたので、流石に手早かった。

確かに美味しい。 

「お一人なんですか?」

女が喋っている。誰に?私か。

ボンバーヘッドは、何やらグラッパを飲んでいる。

「ええ、今のところ。」

何時間も待っていることが少し恥ずかしくなったのだろうか?いや、そんなことはない。ただ、”人を待っているが、なかなか来ない”と言って赤の他人に心配されるケースを懸念しただけである。

女が何やら色々話しかけてくる。どうやら、女とボンバーヘッドは待ち合わせなどではなく、単なる店の馴染み客のようだ。私も、答える。楽しくなくはない。否、それでも何かが紛れる程度に。

気づいたら日付が変わりそうだ。なんということだ。小一時間に渡り、ラスティネイルの溶けた氷以外、何も飲まずこの女と会話していたということか。さり気に冷たい紅茶は出てはいるが。

ボンバーヘッドは・・・寝ている。

「ここは何時までですか?」

と尋ねた。実は返事はどうでもよかった。それにしても、これだけ待って何一つ連絡もないということは・・

差し込むような不安がよぎる。

流石に店の外に出て携帯電話で電話をかけた。コール音が、黒柳徹子のトークで、何故か苛付いた。
。理由は明確だが・・・。そして留守電。今度は外人か。

私はカウンターに戻り、少し決意をして、ボルドーのワインをボトルで開け、差支えがなさそうなので、スタッフゥにも一杯飲んでもらった。

”連絡が付かない以上、ここで待ち続けない事には、なにも始まらない。携帯電話を無くし、その上何らかのトラブルにあって身動きが取れないことも考えうる。ここでしか会えることはない。”

と考えたかったが、この件については、私の、いかなる意味でも全く完全に哲学的ではない、美的且つ私的判断だった。

扉が開く。4人組のようだ。テーブル席に案内されている。

4人は思い思いの酒をオーダーしている。ジントニック、サイドカー、水割り・・・一人はグレープフルーツジュースだ。

・・・

”グレープフルーツジュース”と端整な身のこなしの男がオーダーした瞬間、ボンバーマンが、”ビクッ”として起きたが、これも無視した。

さっきまで話していた女は、なにやらぼーっとしている。と思ったら、

「マンゴーのカクテル!」

と勢い良くオーダーをした。

この間に更に30分が過ぎている。

もうかれこれ4時間程待っていることになる。感じてはいないが。

間が持たないから、黒板に、「珍味!たこうに!」とこの店にしては珍しくやる気(主にビックリマークだが)がにじみ出たメニューがあったので、オーダーした。うまかったが、ワインには糞ほども合わなかった。

更に時間が経ち、私はワインを一本空けてしまった。そして、かなり酔っていた。ボンバー野郎と同じリズムで揺れていた。

丁度一応の閉店時間。まだ他の客はいるが、もう帰ることにした。

店を待ち合わせで使うのなら、営業時間内でないと意味を成さないからだ。これも私の美的判断だが。

それから、どうやって一人暮らしのアパートに帰ったのかは覚えていない。

つづく

#ゲスト・ノベリスト DEKACHO

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