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ダブルマチュワード-Sherry2

第一章 First Order ファースト・オーダー

彼女とは、僕が企画したツアーで知り合った。
バー好きがこうじて「ウィスキー蒸留所見学ツアー」を企画し、その添乗員も勤めた。

スコットランドで蒸留所を見学し、ロンドンのパブを巡り、最後はパリでワインという企画だった。
企画はよかったが、蒸留所見学が予定より少なくなり苦肉の策でパブとワインをくっ付けた。

参加者は20名男性が中心だったが、女性も何人かいた。
その中に若い女性はたった一人彼女だけだった。

グループでの参加も多かったので、単独の若い女性参加の彼女には興味を引かれた。
ツアーコンダクターとして、一人での参加の方にも楽しんでいただく事も大切だと考え
何かにつけ彼女に接した。

最初にスコットランドで蒸留所を見学したあと、ロンドンでパブ三昧、そしてフランスはパリへ。
すでに出発から4日も経っていた事とロンドンパブでのエール三昧で参加者の皆さんと
大分打ち解けていた。

パリでは基本自由行動だったので、グループで参加の方はそれぞれのコースで
出かけていった。
私は定年退職の記念旅行で参加された年配の高橋ご夫妻と朝のカフェの後、
一緒に買い物に行くことになっていた。

「あの、竹原さん私もご一緒させてもらっていいですか?」

彼女からの申し出があった。

「どうぞ、私の案内でよろしければ」

彼女はすごく感じがよく、参加者にも人気だった。
僕たちは朝ごはんにカフェに行った。

「パリの基本はクロワッサンにカプチーノです。それで皆さんよろしいですか?」
「もちろんです。」

4人で旅行を振り返ったり、この後の予定を話したりしながら朝のひと時を過した。
おとなしめの彼女はさほど感情を見せる事は無かったが、時折みせる笑顔の奥の淋しげな
感覚が気になった。

「竹原さんはよくパリにはいらっしゃるのですか」
「パリは三回目です。僕はロンドンの方が多くて今回の企画は僕が立てたのですが、
パリに行きたくて無理やりねじ込みました。」

正直な方だと高橋夫妻は笑っていた。
オープンカフェから見える風景にはゴールデンウィークと言う事もあり日本人も多く見受けられた。

「鈴木さんはお買い物の希望はありますか?」
「せっかくなので、ブランドを見たいのですが・・・」

意外だと思った。てっきり何か可愛い雑貨のお店とか言われると思っていた。

「さやかちゃんはブランド好きみたいね。私と同じでよかったわ。」

高橋夫人がやさしい笑顔で言った。
言われてみれば、彼女の持ち物のあちこちにブランドのマークが踊っていた。

「では、パリでの買い物に当たってルールを、必ず挨拶をして入店してください。
そして他のお客様が居る時はこちらからは話かけない事、そして最後も挨拶です。
ボンジュールとメルシーです。」

僕はこれからのルートを説明した。メトロよりバスと船が便利なので観光ついでに
行くことを提案した。

「では、一日よろしくお願いします。」

その日は天気もよく、パリをみんな楽しんでいた。
凱旋門、エッフェル塔、サンジェリゼ通りと観光し買い物を楽しんだ。
高橋夫妻は本当にいい方で僕は仕事だという事を忘れるくらいだった。
ランチはセーヌ川のほとりのビストロで済ませた。

「何だか子供達と旅行してるいみたいで楽しいわ。」

高橋夫人は食後のエスプレッソを飲みながらいった。

「私も本当に楽しいです。」

彼女の笑顔がだんだん変わってくる感じがしていた。

「では、昼からは買い物三昧といきます。」
「竹原くんと私は荷物持ちだな、ハッハッハ」

高橋さんが大声で笑った。
僕達もつられて笑いあった。
ヴィトンにエルメス等など、ブランドショップを渡り歩いた。
僕は一応、仏語は出来るので通訳しながら付き添った。
彼女も少しは喋るようで悪戦苦闘しながらコミュニケーションをとっていた。

「それは彼女にですか?」

ポーチを見ていた僕に彼女が肩越しに話しかけてきた。

「いえいえ、妹にです」
「妹さんですか、やさしいお兄さんですね。」
「5つ下なんですが、うるさいんですよ。パリだと言ったらリスト渡されました。」
「5つ下ですか、私と同じ歳かな?一人っ子の私にはうらやましい話です。」
「鈴木さんみたいな妹だったらよかったですけどね」
「ツアコンってお世辞も言うんですね」

彼女の笑顔が明るくなっていた。

午後5時
そろそろホテルへ帰る時間だった。
僕達は沢山の紙袋をもってバスに乗った。

「今日は満足満足」

高橋夫人は笑顔で買い物したものを眺めていた。

「私も満足です。美味しい食べ物と観光に買い物、贅沢の極みです。」
「竹原君のおかげだよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるとうれしいです。」

ホテルに戻ると僕はツアコンとしての業務に追われた。
午後7時に夕食、ホテルのレストランでのこのツアー最後の晩餐です。
皆がそれぞれ今日の観光の事を喋りながらワインを飲んでいた。
無事にツアーが最終日を迎えられて僕は少し安堵していた。

「皆さん、パリの夜はまだまだ長いですが、明日の集合時間だけはよろしくお願いします。」

夕食のあと皆、最後のパリの夜を満喫しに出かけた。

「竹原さん、この後はどうされますか?」
「明日の段取り確認したらバーにでも行こうと思っています。」
「ご一緒しても・・・」

彼女の笑顔は可愛くなっていた。

#NH

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