パースから『M90』を南下、フォース湾にかかるフォース・ブリッジを渡って、Edinburgh(エジンバラ)に入る。
エジンバラの街は、歴代スコットランド王の居城として、数奇な運命をたどってきた時代から、ずっと、標高135mの岩の上(キャッスルロック)にそびえ立つ巨大な城砦に守られたエジンバラ城を中心に栄えてきた。城のぐるりは断崖で、唯一ポリドール宮殿までつづく「ロイヤル・マイル」、つまり表参道に向けてのみ門が開かれている。いまでは軍の施設として機能しているため、城門には護衛が凛々しい姿で立っている。が、しかるに、観光名所でもあるので、彼等がフラッシを浴びる回数は日本のアイドル歌手並である。
8月のエジンバラでは、約1ケ月にわたってサマーフェスティバルが開催され、伝統行事やイベントが目白押しなのだそうだ。特にエジンバラ城の場内で行われるミリタリー・タトゥー(軍隊のパレード)は圧巻とのこと。当日がまさにその日であったが、チケットを入手できるはずも無く、大砲に触ったり高台から市街を眺めたりエジンバラ城に伝わる「三種の宝器」のエピソードを聞いたりして、昔の栄華に想いを巡らせ、(ここにきてやっと)キャッスル・トレイル気分を味わったのであった。
そしてまた土屋守氏の著書『スコットランド旅の物語』の第2章、「エジンバラ物語」の項を、城内に吹く風を感じながら読んだのだけど、それはまるで、西村京太郎氏の著書『能登半島殺人事件』を氷見のスナックで読んでいるような、妙な臨場感があって良かったです。
エジンバラ城を背にロイヤル・マイルのはじまり、すぐ右手に、スコッチウヰスキー・ヘリテージセンターがある。わたしは、ウヰスキーに関する、総合案内所ぐらいに考えていたのだが、実はここも『卓越したワールドクラスの5星アトラクション』認定を受けており、レンガ造りの渋くて重厚な外観から受ける印象とはうらはらに、建物の中には「カリブの海賊・スコットランド版、ウヰスキー編」的アトラクションが用意されていて、わたしたちを再びスコッチウヰスキーの世界へと誘(いざな)うのであった。
ツアーの最後にはもちろん、ティスティングがある。
Glenkinchie(グレンキンチ)10年、Glenmorangie(グレンモレンジ)10年、
Glendronach(グレンドロナッハ)15年、Isie of Jura(アイルオブジュラ)10年。
「あぁ、良さん。本当にごめんね。わたしが車の運転を代わってあげれたらいいのだけれど。貴方がいくら恨めしげに目を細めたって、こればっかりは・・・。せめて、この芳香を楽しんでね。ほ~ら。ほら。ほら」
「ふん。いいもんね。フジコサンは、そーやってくだ巻いて寛いでなさい。僕は1階のギフトショップに行って、幻のスコッチを探すから・・・」
「(!)待って。置いていかないで。良さま」
スコッチウヰスキー・ヘリテッジセンターの品揃えは、ワインでいえば五大シャトーやDRC(かの、ロマネコンティ社)などからセレクトしました。という感じの王道の品揃えなので、とても簡単に入手できるものではないけれど、スタッフには日本語の上手な女の子もいたりなんかして、親切丁寧にアドバイスしてくれるので、清く正しい買い物をしたい人にはお薦めである。しかも各ディストラリーよりも1割~2割ほど安価だ。マッカラン蒸留所で求めた30年物も、こちら方が断然安価だったので、良さんは歯軋りをしながらマッカランの方角に向かって
「差額でもう1本ウヰスキーが買えたじゃないか!」と、悪態を吐いたほどである。
さて、スコットランドウヰスキー聖地巡礼の旅に来た者達が、必ず立ち寄るショップがもう一軒ある。ロイヤル・マイルに面した、緑色の「ひさし」がトレードマークの、その名も『Royal Mile Whiskies(ロイヤル・マイル・ウヰスキー)』。スコッチだけでも400種類以上という品揃えは、もちろんエジンバラ一番で、スコットランドで造られているたいていのウヰスキーが並んでいる。店内はさほど広くは無いが、棚にはマニアックで、かつ数奇な履歴を持つボトルが所狭しと鎮座している。本好きなひとが書棚の前で長い時間を過ごすように、ロイヤル・マイル・ウヰスキーを訪れた人々は、そのラベルを眺め、ボトルがここに至るまでの長く過ぎ去った時間を想い、そしてまた、この日、この時、この場所の出会いに、啓示的な運命を読み取るのである。
啓示を受けてしまった良さんを残し、わたしは密やかにお目当てだった、キルトファッション店「ジョフリー」を訪れた。
タータンはハイランド地方のクラン(氏族)制度の確立とともに、ファミリーを表す家紋のもようなものとして普及していった。日常生活や、非公式の場で着る「ハンティング・タータン」と、正式な場で着る「ドレス・タータン」があって、なかでも日本の紋付、袴にあたるのは、「ハイランド・ドレス」と呼ばれるものである。ジョフリーは小物の他、女性や子供向けのスカートなど、一部既製品を置いてはいるが、メインは男性のオーダーメイド品であるから、店の奥には、生地を選んだり、採寸の最中だったり、ひだの指定をしてたりする紳士の姿が見受けられた。ちなみにキルトスカートは生地をたっぷり使用した、ひだの数が多いものほど、贅沢度合が高くなる。
お店の人が見せてくれるさまざまなチェックの柄に、あれやこれやと目移りしたけど、じつのところ選択の余地なんて無かったのだ。いちばんタイニーなものが日本でいう9号サイズである。そして9号サイズのスカートは一点のみだったのである。(サイズが豊富なのは13号~15号です)紺色と深緑色の地に白と黄色のチェックが入った柄。うーん、なんだか、珍しくも何とも無い、日本でも良く見かける柄である。しかし、旅先での買い物には「買いどき」というものがある。「後で買えばいいや」なんて、なんとなく買いどきを逃してしまうと、行きずりのわたしに、同じものが巡りあって語りかけてくれる可能性はほとんどない。タイミングは大事である。こうしてわたしは、メイド・イン・スコットランドのキルト・スカートを購入するに至ったのである。
ロイヤル・マイル・ウヰスキーのショウ・ウインドウへ戻ると、良さんはバッカスのお告げと「買いどき」とを見事に察知し、
『OAK PORT CASK MATURED 1967 GORDON&MACPHAIL』
『NATURAL CASK STRENGTH DISTILLED JAN.1967 JOHN MILROY』
『TAMDHU1967 CASK NO7 ADELPHI DISTILLERY LIMITED』の3本を入手していた。
つまり、良さんの生まれ年に蒸留されたものである。35年という年月は、ひとりの男の子が、若白髪の青年に成長した時間でもあり、さらには、ボトルそれぞれの蒸留に関わった人たちが、すでにリタイア、またはすでに天国へ召されてしまっているかもしれない時間でもある。
ウヰスキーとは、そのような男の夢と浪漫を、後世の者達にバトンタッチしていくタイムカプセルだとも言えるのだ。