さて、どうしても試してみたい願いのひとつに、アイラ島産の牡蠣にアイラモルトをたらり、として食べる。というのがあった。
早速、ボウモア町の雑貨屋の前で荷物の積み下ろしをしている、地元のお兄さんに声をかけてみた。
「あのう、アイラ島でオイスターを食べられるとこって、何処かありませんか?」
「あんんっ?」作業の手が止まり、わたしたちは、怪訝な表情でみつめられた。
「オイスターです。オイスターが食べたいんですけど、どこか、知りませんか?」
彼は仕事の手を止め、上半身全体を揺らして、大きくうなずいた。
「あ~あ、そいづぁ、カラフト・ケチンだぁ」
「カラフト・ケチン?」(これ、ゲール語?)
「んだぁ。カラフト・ケチンだぁ」・・・ふたりで、顔を見合わせた。
「カラフト・ケチン・・・ねぇ・・・?」
(!!!)東京的標準語と、浜通り東北弁とのバイリンガルであるわたしの脳に、シナプスが走った。
(良さま、わたしには解かった!通訳するとね、「クラフト・キッチン」と言ってる)
クラフト・キッチンは、ボウモアから湾をぐるりと挟んで向かい側、ブルイック・ラディ蒸留所の近くにあるらしい。
ボウモア郊外は、軽井沢の別荘地のように、木立に囲まれた閑静な地区で、木立を抜ければ一転して牧草地となる。
そこに、「人間の生活のために、便宜上アスファルトの道路を通しちゃって、ごめんね、牛さん、羊さん」という謙虚な姿勢で道路が存在している状態なので、ゆっくりのスピードであれ、車が通ると、のんびりと時間をやり過ごしている羊たちは、ブーイングをあげつつ、いっせいに車の前を走り出すのである。
こっちにしてみたら、「危ないよー。そこのけ、そこのけ、車が通る」なんだけれど、羊たちは車を避けて左右に分かれて走ることを知らない。ただひたすら、パニックを起して車を振り返りながら、必死の形相で走るのだ。
「前を走るな、ばか羊~!」徐行運転を余儀なくされ、良さんが悪態を吐く。距離が行けば、羊の数はどんどん増していくばかり。しかし、羊年生まれで、つねづね「ボクの前世は羊かも・・・」なぞと言ってる良さんは、逃げる術を知らない羊たちが気の毒になったのか、羊に自分を重ね合わせて見てしまったのか、神妙な面持ちで、ぴたっ、と車を止めた。
一瞬にしてパニックから開放された羊たちは、「あれっ、どうしたのさ?」という感じで、集団で良さんの様子をうかがっている。何十匹もの羊にいっせいに見つめられるというのも、なかなかシュールである。
不意をつく間合いをとって、良さんは、羊たちに向って「ダァー」とか「ダダダダダァ」と突進しながら、シープ・ドックよろしく、自分で左右に追い払いだした。羊たちも、この奇襲攻撃には度肝を抜かれたらしく「ウメメメメメェ」と、ちりじりに逃げてゆく。
「ふじこさん、今のうち。さ、はやく、車に乗って」
「合点だ。親分」
クラフト・キッチンは、平屋建ての簡素な食堂といった趣であるが、土産物屋も兼ねているし、島の風景をスケッチした絵を集めたギャラリーでもあった。
黒板の、今日のメニューを吟味していると、
「決まったべが?何、食べんのっしゃ?」と、ミックジャガーを太らせたような叔母さんが聞いてきた。(ちなみに、髪型もミックです)
「オイスター!」
「アー、今日は、牡蠣は無いのさ。まぁ、ほがにも、いろいろあっからねぇ、裏さ来て、あんだの食べたいの、選らばぃん」
(初めての感覚だった。英語が、英語と意識することなく、日本語で会話してるかのように、解かるのだ。もちろん、訛り具合まで)
わたしは、ミック叔母さんの後をついて行った。厨房には青年と、娘さんがふたり。みんなタータンチェックのパッチワークがアクセントの、お揃いのエプロンを着けている。お父さんらしきひとの姿はみえないけれど、きっと、漁に出ているだけで、家族5人での経営なのだろう。
叔母さんは、冷蔵庫から発泡スチロールのトロ箱を取り出し、ステンレスの台に並べて、食材を見せてくれた。サーモンや白身魚は、フィッシュ&チップスになるのだろうからやめて、わたしは大海老のワイン蒸しをオーダーした。
良さんは路線を変更し、シェパーズ・パイ(*メイン食材:羊の挽肉)をオーダーして、ここで仇を討つつもりらしかった。
料理は、わたしの母がつくるスタイルと似ている。星がつくほど、飛びぬけてすっごく美味しいということは無いのだけれど、ひと手間を惜しまずつくられているので、食べ終わった時に素直に、美味しかったね、といえる味。つまりはやはり、おふくろの味ということか。
そんな味を求めて、わたしたちが食べ終える頃には、誰もいなかったテーブルが満席となっていた「どうも、ご親切にありがとうございました~。美味しかったです~」と席を立つと
「まだ、ございねぇ(いらっしゃいねぇ)」と、ミック叔母さんの、屈託の無い微笑とウインクが返ってきた。
(きっと、また、来るよ~。きっとね~)