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BOWRORE

 丁寧に淹れられた良い出来ばえのコーヒー、見通しの明るい天気予報、やわらかな日溜まりで毛繕いをする猫。それらはわたしにとって、平凡な朝の始まりが、穏やかさと安堵感に満ちたものであることを予感させてくれる。
 そしてこの日、ボウモア蒸留所ビジターセンター入り口では、ウヰスキー・キャットの『スモーキー』が、名前どおりのくすんだ灰色の体毛を朝の光に翳し、
人間にはまねが出来かねる無茶な体勢を極めて、毛繕いに没頭していた。
 「スモ~キ~。スモ~キ~。」
 わたしは猫撫で声で近づいて意志の疎通を試みたが、きれいに無視である。日本人スタッフ(*注:ボウモアはサントリー社の傘下にあります)が流暢な英語で本日のご機嫌伺いをすると、スモーキーは眉をくいっと動かして、ん、まあ、悪くないよと返事をした。
継いで日本人スタッフは、わたしたちにも英語でご機嫌伺いをしてくれた。
「Good morning ! How are you?」(ウインク)
アイラ島に於いて美味しいコーヒーを望むのは難しいが、空は澄み渡り、機嫌の悪くない猫には遭遇した。いちにちの出だしとしてはまあまあである。
「Good morning. Fine thank you!」(ウインク)

 アイラ島の中心部に所在し、アイラモルトのスタンダードと評されるボウモアは、
「ウヰスキーの島に来たんだから、まぁ一箇所ぐらい立ち寄るなら、ここにしとこうか」といった、通りすがり的一般観光客が多いので、まずは15分ほどの教科書的プロモーションビデオにより、創業からの歴史、製造のこだわり、繁栄と経営の難しさ、今後のヴィジョンなどがガイドされ、そののち、例によって製造工程をひと通り見てまわる。
 檻で隔離された手の届かない貯蔵庫の奥には、オールド・ヴィンテージや、記念もの、限定ものなど、お宝樽が積み上げられているのが垣間見える。これらが市場に出てくるのは、果たしていつのことだろう。流通する時期がきても入手は困難な筈である。何年後かに、運良くモルトバーで、ワンフィンガーぶんぐらい楽しめればラッキーであろう。
 それにしても、昨今の流通システムは脱帽ものだ。ここで造られた定番のウヰスキーなら、時を経て、地球を半周もした国の、たいていの酒屋やバーの棚に並ぶのだから。そしてそれは、品質も価格も安定しているウヰスキーの特性と、水割りをはじめとして、ウヰスキーを嗜む人が多いといった、日本ならではの事情が融合しあってのことだ。

 ティスティングルームの窓からは、ボウモアの浜が見える。少し雲が広がってきた空に、何羽ものカモメが飛び交う。ボウモアのラベルに描かれている、あのカモメである。わたしはグラスを空へ掲げて遠くのカモメを拝借し、グラスのなかを舞う情景を楽しんでみる。浜へ降りた一羽のカモメは、波に打ち上げられた海藻を、ツツッとつまんで食べた。波は静かに寄せては返し、カモメの足を洗う。そんなのをぼんやり見ながら、またウヰスキーをちびりとやる。・・・浪漫である。

良さんはささやかに、ボウモアカモメのタイピンとカフスを購入。
ビジターセンターの顔であり、世話好きな親日家のクリスティーンに、からからせんべいを差し上げたら、お返しにと、ミニチュア・ボトルを頂いた。 

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