第二章 Second Order セカンド・オーダー
シャンパンを飲み干し、次のオーダーに迷っていると
遠藤さんがメニューを差し出してくれた。
美しいピンク色をしたサーモンのマリネを、濃厚なクリームとともにいただいた後のプレートには
まだ、丁度いいサイズのハモン・セラーノとフォワグラのテリーヌが並んでいる。
「この生ハムに合いそうなものを。」
「かしこまりました。では、こちらはいかがでしょうか。おすすめのアモンティリャードです。」
「いいですね。」
シェリーはいくつかの種類を飲んだことがあったが、そのボトルは初めてだった。
シンプルなラベルには『NPU』の文字。
「この『NPU』って、どういう意味なんですか?」
「極地っていう意味なんです。『最高の状態』ということですね。
『Non Plus Ultra』の頭文字をとって。」
「素敵な名前ですね。」
その名のイメージもあってか、今まで飲んだどのアモンティリャードよりも数段美味しく思えた。
ハモン・セラーノとの相性も抜群だった。
皮肉にも、この「最高の状態」という名のシェリーを飲んでいる私の心は
「最高の状態」とは言えなかった。むしろ「最悪」・・・。
再度無口になる私を、遠藤さんは少し離れたところで見守ってくれていた。
この後、23時に、西麻布のバーで、彼と会って何をどういう風に伝えたらいいのか、混乱している。
彼との4年足らずの毎日は、とても穏やかで、暖かく、かけがえのないものだった。
気がつくと、美しいエラの歌声が、キース・ジャレットのピアノに変わっていた。
-『The Melody at Night with You』
彼との思い出が、とめどなくあふれる。
過保護の一人っ子に育った私を、いつも広い心で受け止めてくれた。
彼とつきあい始めて、嫉妬という感情が自然に生まれることを知った。
彼のおかげで、笑顔と涙の回数が増えた。
優等生のレッテルを気にして、無理をしていた過去から開放された。
私が、私らしくいられる場所がそこにあった。
そのどのシーンも、『NPU』という表現に相応しいはず。
すれ違いが生んだ、寂しさというリアルに目を瞑ることができるなら。
#PINOKO