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スキャパ16年/「Bar Kiln」南谷綾司さん


 

勧められた酒を、ずっと律儀に飲む客がいる。気に入ったのはその味なのか、注いだバーテンダーなのか。どちらにせよ、変える必要がないのは明らかだ。黙っていても毎回同じ酒が出てくるのは、そこに自分の居場所があることを認められたようなものである。「いつもの」という台詞は、その確認作業かもしれない。

24歳だった南谷綾司さんが立川のバー「R」のカウンターに立っていると、その人物は現れた。

「癖のないウイスキーはあるかな」

スキャパ14年をロックで差し出すと、その日からウイスキーはそれと決めたらしかった。穏やかで飲みやすく、さっぱりとしたウイスキーの味わいもそうだが、目の前に立っているバーテンダーのことも気に入ったのだろう。

2009年6月に南谷さんが独立して店を出すと、引き続き訪れてはスキャパを飲んだ。同年11月に16年がリリースされ、やがて14年が製造中止になると、それに従うように16年を飲み始めた。スキャパはスコットランド・オークニー諸島に蒸溜所があり、アイランズモルトと呼ばれるものの中では柔らかい味わいだ。とはいえ、16年になれば味も変わる。それでも、ほかのものには手を出さなかった。

2年前の大雪の日から、その人物は姿を見せていない。脳出血で倒れたのだ。優しくて懐が広く、歳が離れていたこともあって南谷さんにとっては父親のような存在。自らも飲食業を生業とし、さまざまな面で後押しをしてくれた。いつまた会えるかわからないが、何本か16年をストックしてある。必ず、その日が来ることを願って。

 
 
南谷綾司氏
Bar Kiln
東京都立川市柴崎町3-7-22 2F
042-512-8838
19:00~05:00
月曜休み

絵:佐藤英行 文:いしかわあさこ

 

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