1980年代後半、原宿のレストランバーでアルバイトをしていた安部清さんはバックバーに並ぶウイスキーを眺めていた。グレンフィディック、グレンリベット、ノッカンドゥ。普段バーボンを飲んでいた安部さんにとって、あまり縁のないスコッチばかりだ。当時としてはそこそこシングルモルトが置いてある店で、その中にカードゥ12年もあった。どんなものか知りたいけれど高くて手は出ないし、アルバイトでは味見もさせてもらえない。
そうだ、香りだけなら……。カードゥに手を伸ばすと、柔らかく甘い香り、まるで蜂蜜そのものが漂ってきた。とてつもない衝撃と、感動が襲う。実際口にしたのはずっと後だったが、この一件が安部さんをスコットランドへと導いた。
ハイランドのグレンドロナック蒸溜所を皮切りに、これまで現地へ訪れたのは9回。スペイサイドにあるカードゥ蒸溜所へも行った。1996年には自身の店を開き、好きなミュージシャンであるグレン・ミラーがアレンジを加えて人気となった楽曲“Little Brown Jug”から名付けた。本来、「茶色の小瓶」は洋酒の瓶のこと。その名のとおり、バックバーには150種類ほどのウイスキーが並んだ。全面ガラス張りの路面店で、暖色の灯りがやさしく漏れている。
それから20年、恵比寿駅東口の交差点から細く伸びる道の途中を照らし続けている。奥様が作る自家製ハギスやシェパードパイなどのパブ料理は、本場さながら。ウイスキーを片手に愉しむ客人の姿が、往来する人々をふと立ち止まらせる。
安部清氏
BAR&DINING BROWN JUG
東京都渋谷区恵比寿4-8-10 コンフォートEBISU 1F
03-3473-0249
18:00~02:00(日・祝~00:00)
第1日曜・翌月曜休み
絵:佐藤英行 文:いしかわあさこ
#思い出のボトル