2001年の春先、ニッカ余市工場のマイ・ウヰスキーづくり体験に参加し、創設者・竹鶴政孝氏の「愛」と「夢」の圧倒を受け、わたしたちの意識は、次第に彼の軌跡を辿り、その起源であるスコットランドへ向くようになった。それからたくさんの本を手元に集めて読み漁った。英国に関連した書籍は数多いので情報にはこと欠かない。
その中に、『庭の美しいB&Bに泊まる旅』というビジュアル本があった。この本は、特に手入れが行き届いた、美しい庭(庭というと、猫のひたいほどの日本の庭をイメージしてしまうけれど、英国ではガーデンまたはファームのことを指すので、「この窓から見える風景のすべてが、我々の敷地です」とおっしゃるほどに広い)を誇るB&Bをピックアップしたもので、写真が美しいだけにとどまらず、飼っている猫や犬について、部屋の調度品について、ブレックファーストについて、また、オーナーの家族構成や、経営理念、これからの展望について、など、細やかで丁寧な取材がなされており、それぞれの個性的な人柄までもがきちんと伝わって来て、「ぜひともそのB&Bの宿泊客になってみたいわ~」と、想いがつのる一冊である。
「ねぇ、ねぇ、良さま。このイースト・ロッホェッドっていう、B&Bに泊まりたいな」
彼に差し出したのは、広大な庭を望むピクチャー・ウインドウのダイニングルームに、吟味された素晴らしい出来ばえの朝食が、まるでセザンヌの静物画のように、計算されつくされた構図で用意されているページだった。
わたしはこの席につき、絞りたてのオレンジジュースをピッチャーから注ぎ、ゴクゴク飲み干す自分を想像してみる。それは、しばらく水遣りを忘れていた観葉植物に、久し振りに水を与えた時のように、起き抜けの身体の隅々にまで届いて、それだけで、生きている喜びに打ち震えるものであるに違いない。
美しい季節に、美しい風景に自分が取り込まれて、気持ちのこもった食事をいただくこと。そんな完璧なシチュエーションは、日本人の平均寿命が延びたからといって、きっと、そうそうめったにあるものではない。
「良さまー。このB&Bに泊まって、このダイニングルームで、オレンジジュースとパンケーキとスクランブルエッグをいただきたいなぁ」
「えー、ゴホン(ひとつ咳払い)フジコサン。運転手のボクから言わせてもらうとね、現実的には、ウヰスキートレイルに沿った、移動の楽な宿でないとね」
「・・・・・・・」
ということで、わたしの広がりに広がった想像の翼は、いとも空しく、いとも容易く、バキバキバキと折れていくのであった。
現実的に、冷静かつ堅実に検討を重ねる良さんの意見に従い、わたしたちが予定に組み込むすべての宿は『英国政府観光庁スコットランド観光局』刊行のガイドブックから拾い出し、一晩の滞在予定地につき、2、3ケ所の宿にメールを送ってみて、戻ってきたメールに込められた、オーナーの心意気を頼りに選択することとなった。旅の後半はアイラ島に移動するので、3日目にはその起点となるグラスゴー空港近くに、宿を取るべきだろう。
親切なスコットランド観光局のガイドブックには、「グラスゴー空港近くの宿」の案内記事も、もちろんあった。
『Country house standing in 25 acres of pasture.(25エーカーの牧場のなかに、カントリーハウスは建っております)
Spectacular views over Barr Loch and Renfrewshire hills.(バル湖やレンフリュシーアの丘を望む、目を見張るような、スペクタクルなビュウです)Glasgow Airport 15 minutes(グラスゴー空港から15分)
East Lochhead(イースト・ロッホェッド)』
http://eastlochhead.co.uk/homepage.htm
・・・ん?・・・んん?・・・んんん?・・・イースト・ロッホェッド!!!あ、あ、あ、あの、、、、!!!
わたしの前向きな心は、強風に煽られて折れてしまった傘のごとく、心の隅にそっと立てかけてあった想像の翼を、大急ぎでテープで止め、割り箸で補強するのであった。
予約の返事はすぐに返ってきた。
『We have a very nice room with twin beds(とってもナイスなツインルームが用意出来るわ)
and a beautiful view over the lake and large garden.(湖と広大なガーデンは、それはそれはビーティフルな眺望なの)
We look forward to hearing from you.(貴方たちとお会いして、お話し出来るのを楽しみにしているわ)Janet.(ジャネット)』
どうだまいったか!夢は、強く想い続けていれば、必ずや叶うのだ!