ディナーを終えて、観劇がはねた後のようなあるひとつの完結した満足感のまま我々はBarへ移動し、カウンターにたむろした。部屋へ戻るひとはいない。
今晩のミンモアハウスに於ける日本人の割合から、バーテンダーに変身した御主人のビクターは、話題の糸口を「ジャパニーズ」に見い出し、日本の文化、伝統、料理について語り始めた。
そして、そのうちに
「そうそう、そういえば、先日、日本のウヰスキーメーカーのひとが来たんだよ。これが、その時にプレゼントされたボトル。」と、とあるボトルを指差した。
「実は僕も日本のウヰスキーを持って来てるんだ・・・」良さんは部屋に戻り、『ニッカ余市原酒25年』をピックアップして来てカウンターの中央に置いた。
シンプル過ぎるボトルに、はじめは皆、怪訝な顔をしていたが、果の地でウヰスキーづくりのノウハウを学び、まさに万年筆一本で、その技法を日本に持ち帰り、サントリーを経て独立し、余市にニッカを起こして、ウヰスキー造りを成功させた、竹鶴政孝のエピソードを紹介すると、一同の熱い眼差しは一点に集中した。いまやオーラを放ち、物語の真髄を成すこのボトルに、垂涎しない者はいない。
酒飲みは、以心伝心。ビクターは7つのグラスを用意し、良さんとのアイコンタクトで了解をとると、ワンフィンガーづつの琥珀色の液体を注ぎ、皆の前にサーブした。一同は、全てをわきまえつつ、しかし、深刻な秘密を抱えたスパイみたいに、無言でティスティングする。対峙して得るオーガズムと余韻の長さは、ぴったりと正比例するものではないだろうか。ますます、言葉は必要でなくなるし、見つめあえば、暗号はすべて伝わる。時間と、愛と、夢をたっぷり含んだ液体を味わうことほど、エキセントリックな儀式は他に無い。
わたしは部屋の隅のソファに離れて、スフレに使われていたカルヴァドスを舐めながら、ジャパニーズローカルクッキー『からからせんべい』http://www.rakuten.co.jp/shonai-kankobussankan/644206/644669/をベンジンに与え、「ウエイト」と「OK」ではなく「待て」と「よし」での調教を試みつつ、「日本~スコットランド友好、ウヰスキーを利く会」の様子を眺めていた。良さま、ここには貴方が、「100杯並べて、ティスティングするんだ」と豪語していた、憧れの 100 MALT WHISKY があるのだけれどな・・・往き付けるのかしら?
グレンリヴェットの谷は、羊と、牛と、うさぎの、夢を食むような咀嚼と、穏やかな瞼に閉ざされて、どんどん世界から断絶されてゆくのであった。