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To be or not to be… 

 家を留守にする時は、こころゆくまで、洗濯と掃除を済ませないと出掛けられない。という悲しい習性のわたしは、出発当日のこの日も、朝早くからいそいそと洗濯に取り掛かった。3クールめにタオルケット2枚を洗い終えると、すっかり満ち足りたので、洗濯洗剤CMの女優みたいに、大きく深呼吸をしながら胸の前で指を組み合わせ、つま先立ちしたスリッパで、くるっ、くるっと、回転してみた。ここに子役の少女がいたとしたら、やっぱりわたしも頬ずりして、幸せを噛みしめるところである。
 そして、掃除。目につく、あらゆるところを雑巾がけしてゆく。ふだんは床を中心に、ひととおり拭き終えれば完了となるのだが、このような日に限って、ガス台のサビなんかに目が留まってしまうものである。(やっぱり、きれいにしなくっちゃ)亀の子たわしで、『バーナー』、『コンロ』、『ゴトク』と磨きすすむうちに、今度はレンジフードまわりの油汚れが、気になってきた。
 うーむ。成すべきか、成さざるべきか。To be or not to be… ハムレットの気持ちになり、腰に手をあて、換気口を睨みつつ神に答えを問うてると、背後から返答の声があった。
「フジコさん。いい加減になさい。もう出掛けるよぉ」
 そろっと後ろを振り向いて、すばやく良さんの瞳の奥をじっと覗き込み、警告のレベルをチェックしてみた。瞳の翳り具合と、先程の声のトーンと、低いわりには、ツンとしている鼻から察するに、これはもう潮時である。むやみに夫婦喧嘩の火種に、薪をくべてはいけない。
「はい、いますぐに。良さま。いざ、スコットランドへ」

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