ヒースロー空港の免税店は、パリの『ボン・マルシェ』にも、ロンドンの『ハロッズ』にも、『三越日本橋本店』にも負けちゃいない内容の『特選ブティックフロア』と『高級グロッサリーコーナー』と『バー』が充実している。わたしたちはゲートをくぐった途端、その消費・資本主義の、どうしようもなくうんざりするけれど愛すべき日常に取り込まれた。
そうよ、わたしたちが生活している日常はそんなふうに出来ていて、ディズニーランドのアトラクションのように「どうぞ、思う存分、お買い物を楽しむがいいわ、プリーズ」的に、こんなふうに至れり尽くせりで用意されているのに、乗らないでか。わたしと良さんは似たもの夫婦であり、なかなかにミーハーで、ノリがよくって、おっちょこちょいなのである。
きらびやかなショップを前に、わたしたちは目だけでお互いの感情を読み解きあった。
「じゃあ後ほど、バーで」「了解」
今回、良さんは、レンタルトランク・特大に、荷造り用のプチプチとクラフトテープだけを放り込んで旅立って来た。すでにカウンターに預けたトランクの中には11本のウヰスキーが、びっしりと詰め込まれている状態である。(カウンターも、重量ノーチェックで、よく受け取ったものです)
それなのに、バーで落ち合った良さんは、新たにウヰスキーを3本手にし、何も言うなという風にわたしを制して、立派に言い訳をした。
「これはね。手持ち分!」
しかも、オイスターをダースでオーダーし、アイラ島のボウモア蒸留所で受付のクリステーンから頂いたミニチュア瓶を開栓して、上機嫌である。
「ほら、アイラ島で実現出来なかった、オイスターにアイラモルトを垂らして食べるってのを、試そうと想ってさ」
潮の香りが立ち込めた。
「この香りに包まれたなら、わたしたちはいつでもアイラ島にワープ出来ちゃうんだね」
帰国して我が家に戻るはずなのに、なんだか田舎を後にして離れるような、甘くて酸っぱい寂しさが込み上げてきた。
わたしはそっと、殻の中の小さな海を口へ運んだ。オイスターのひだひだがのどをくすぐって滑り落ちていく。
「良さん、この祝福された旅行に・・・」ショット・グラスを掲げた。
「スランジバー!!!」「スランジバー!!!」
ヒースロー空港
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