ブルイックラディのボトルラベルは、美しい水色である。そして、ブルイックラディ蒸留所の白い建物の窓枠も、ブルイック・ブルーであった。
2001年春、やっと操業が再開されたばかりとういことで、まだ見学ツアーは行なわれていない。かろうじて、ティスティング・ルームだけが開放されていると聞き、運動部の部室のような、離れの建物の二階へ上がった。
・・・背を向けていても見覚えがある、ウルフの赤毛&禿げ頭。ピーターの金髪。やれやれ、またここでもふたり揃ってカウンターに向かい、小難しい顔をして、ウヰスキーのブーケを分析しているではないか。
「ダーリン、なにしてるっちゃ?」わたしが、うる星やつらのラムちゃんのものまねで声を掛けると、身体をねじってウルフは右に、ピーターは左に振り向いた。そして彼等も大袈裟なゼスチャアでオテアゲし、やれやれまた君たちか、というふうに眉をあげ、天を仰ぐのだった。
「まあまあ、ここに座れよ」と、ラルフがスツールをポンポンと叩いてわたしたちの着席を促し、席をふたつぶん左に移動し、スペースをつくってくれた。
テイスティングルームの女の子も、ささっと、わたしたちの前に、ブルイック・ラディの入ったグラスを置いてくれた。
「では、我々の強ーい絆に・・・」と、ピーターがグラスを頭の高さまで掲げたので、各々がグラスを取って合言葉を述べた。
「スランジ・バー!」「スランジ・バー!」
スランジ・バー(Slainte Vhar)とは、ゲール語で乾杯の意。なんでも、「スランジ」でGood health、「スランジ・ボー」でVery Good health、「スランジ・バー」でVery Very Good healthということだから、最上級で健康を祝してるわけで、その昔からウヰスキー(Uisge beatha)が『生命の水』と崇められてきた由縁がうかがえる。
「実はね、僕等はブルイックを『樽買い』したんだ」ピーターがぼそっとつぶやいた。
(!!!)「樽買い!?」
「そう、樽買い」
『樽買い』とは、容量250Lのホグスヘット樽、まんま、ひと樽購入することである。エンジェルス・シェアを考慮してもウヰスキーの瓶に換算して約30本分。ウヰスキーラバーなら、一度は実行してみたい、豪儀な買い方である。
「僕等は、これからも毎年、夏にはアイラ島に来るつもりだし、閉鎖の危機から脱したブルイックを、応援したい気持ちもあるからね」
ウヰスキーを取り巻く時間は、メトロノームを一番ゆっくりと設定したレントだ。ちょっとしたエピソードでさえ、スロー、スローに流れる時間の間合いの中で熟成し、プレミアムな浪漫と伝説となる。
ティスティングは、『ブルイック・ラディ10years』。アイラ島のシングル・モルトを思う時、まず潮臭さとピート臭、そして、荒々しさ、素朴さ、などが浮ぶが、ブルイックは、ピートをほとんど焚いてないので、その印象は、まったく対極である。微風にきらめく透明度の高い湖。パッと人目を惹くというよりは、向かい合って言葉を交わした後に、あぁ、知的で美しい人だったなぁと、清々しさが残る30代の女性という感じ。だから、特に女性にお薦めしたいモルトだ。
ピーターは、ディストラリー巡りにおける、もうひとつの楽しみ方として、各蒸留所のロゴが入ったTシャツを買い求め、コレクションしている。ディストラリーを自転車で移動する間に汗だくになるものだから、訪れた先々ですぐにTシャツを買って着替えるのだ。一石二鳥?である。(わたしたちも購入したいのはやまやまだけれど、サイズはワンサイズのみで、大きすぎて妥当ではない)しかし、今日の彼はお約束のロゴ入りTシャツを着ていない。
「あらピーター。今日は、お着替えはまだ?」と、疑問を投げると、彼はディパックの中からビニール袋を取り出して、なかのものを広げた。
「むふふ、これはオータムコレクションだ」
・・・なるほど。それはブルイック・ラディのロゴ入りの、分厚いトレーナーであった。
BRUICH LADDICH
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