2012.05.03
宿で一泊して、この日はキースの北東に位置する蒸留所。ノックドゥーを目指します。
こちら。地図を見ただけじゃいまいちピンと来ないかもしれませんが、山の中。キースの町からは実に9マイル、15キロ近くも離れている蒸留所で、しかもバスがない。スコットランドでは、休日にバスの運行本数が激減する、ということはよくあるのだが、このラインは休日だろうが平日だろうがバスの運行はない。どれだけの田舎に建っているのか、ということをご想像いただきたい。
9マイルという距離は、ちゃきちゃき歩いても3時間はかかる距離である。しっかり心の準備を整え、昨日テイクアウェイしたポテトの残りなんかもカバンにつめて、いざ出発である。
これで雨が降っていたら最悪だったが、幸いスタート時はいい天気。この「スタート時は」って言うのが肝で、スコットランドの天気っていうのはホントにころころ変わる。オークニーでもそれで痛い目を見た経験があるので、油断せずにてくてく。
(こんなお馬さんがいたり)
最初の1時間ほどはちゃきちゃき歩くも、次第に歩くことが退屈になってくる。歌を歌ったり景色を眺めたりするも、やはり退屈である。帰ってきてから思うと、スコットランドの景色は素晴らしいのだけれど、現地にすでに一ヶ月もいた私には退屈な風景と成り果てておりました。
エリンと一緒にやったヒッチハイクを思い出し、なんどか試みてみるも、そんなおっかなびっくりのハイク相手に止まってくれる車はおらず、そうこうしている間に、車自体が殆ど通らないような山道に入って行く。
これがまた寒い。標高があがっているというのもあるのだろうが、陽も影ってきてとても寒い。小腹が空いたので口に放りこんだチップスなんかも、さらがら冷凍ポテトのようにぱっさぱさで非常に美味しくない。
道自体は、最初と最後を除けば全て一本道なので、迷ったりという心配はないのだが、これはなかなか過酷な道中であった。
そんなこんなで3時間歩き倒し、ようやく蒸留所に到着。
(到着。パゴダ屋根を発見した瞬間は、疲れも報われる思いである)
さて、帰りはどうしようかな。。と、到着したてで帰りの心配をしつつも、そもそもここはノービジター。ここまでやってきて「ノー」の一言で帰らされたらどうしよう。。と心をざわつかせながらも突撃していきます。
とりあえずオフィスのような場所でも探そうか、と思い入り口付近をうろちょろするも、なにやら工事中でオフィスらしきものは無い。はてさて。仕方がないので、入り口に止まっていた出入り業者さんのトラックに近づいていき、中にいたお兄ちゃんに「オフィスってどこ?」と訊ねる。
トラックの中でお兄ちゃんは食事中だったけれど「今は昼休みだから誰もいないよ。スチルハウスに一人いるはずだから聞いてみな」と快く教えてくれた。
お礼を行って、さらに所内をぐるぐる。スチルハウスを発見することが出来たので、中に入って「ハロー?」と声をかけるも返事はない。少しくためらいつつも、写真だけは撮らせてもらおう、とぱしゃぱしゃ。
(ボール型のスチルが2基)
(数は2基と最小単位だが、サイズは決して小さくない)
(初留釜にはポットエイルのあとも)
(再留釜のボディには、スコットランドの国旗風?のキズがデザインされていた)
さて、だれにも会うことはなかったが、とりあえずスチルは見れて、なんとかここまで歩いてきた元はとれたかなーという気分で踵を返す。
(なんとなくいい写真)
入り口まで帰ると、トラックの中からお兄ちゃんが「誰か会えたか?」と声をかけてくる。「ノー」と肩をすくめて出て行こうとしたまさにその時、門から一台の車が入ってくる。
一瞬、ヤバいかな?怒られやしないかな?という逃げの発想を得るも、相手は車内からこちらを窺っているようでもあったので、こちらも近づき「中を見たいのですよー」と声をかける。すると「その角で待ってな」と指示して私を先に行かせ、車をぐるっと回してそこに止め、降りてきたおっちゃんが中に招き入れてくれる。
先ほどは無人だと感じたが、どうやら奥のウォッシュバックの部屋には人がいたらしく、そこから人が出てきて紹介してもらう。
奥から出てきた彼が、ぐるっと一周案内してくれ、それからは「適当に見てていいよ」と自分の仕事に戻る。お言葉に甘えて建物の中をぐるぐるしていたのだが、しばらくすると彼が戻ってきてツアーを開始してくれる。
(まずはマッシュタン。やはり決して小さくない)
(逆三角形のがグリストビンといって、粉砕したあとの麦芽が詰まっている。ここからマッシュタンの中に入れて、お湯と混ぜ合わせます)
(写真はマッシュタンの中身。ご覧のような装置がぐるぐる回って撹拌します)
(こちらはマッシュタンから取り出したウォートのサンプル。すくって飲ませてくれた。甘ーい麦のジュース)
(ちなみにこのアンダーバックとマッシュタンの位置関係はこんな感じ)
(マッシュタンの温度は機械で一目で分かるようになっている)
(続いてはウォッシュバック。オレゴンパイン製のが6槽)
(酵母の活動がピークの頃。鼻を近づけようもんなら、香りうんぬんよりもまずは刺激が鼻をつんざく。ホントに痛い)
(もう少し落ち着くとこんな感じ。香りはどぎついビールのよう。バナナっぽい香りもする。6槽全てが同時進行しているわけではなく、一つ一つが12時間刻みとかで進行している。一つは掃除中とかで空だった)
(そしてスチルへ。手前の記入用紙には各スチルの蒸留開始時刻や経過時間、投入量や温度などのデータが時間ごとに細かく記入されていた)
(スピリットセーフには、どぼどぼニューポットが流れていた)
(スチルの対面には各種タンクが。奥の二つの大きなタンクが初留液を貯めるウォッシュレシーバー。隣の小さなのが再留の際にカットする最初の部分と最後の部分を貯めるローワイン&フェインツタンク。一番手前の木製の樽が、スピリッツのオリを貯める樽だそうだ)
(そしてこちらの部屋へ。左手の巨大なタンクがスピリットレシーバー。右手の巨大な樽からそれぞれの樽へと原酒が移され、貯蔵庫へ向かうことになります)
彼は本当に丁寧にツアーをしてくれた。私の英語力を慮りながら、随所で「分かるか?」「質問あるか?」と訊ねてくれ、また、色々触ったり見せたりして教えてくれた。あまりこういうところに許可なく公開するのもよくないかと思うので自重するが、スチルの管理を記したメモや、ウォッシュバックの状態を記したメモ、伝達用のホワイトボードに書かれた記号の意味や、蒸留の際にどのタイミングで「ヘッド/ハーツ/テイル」を切り替えているのか、その指針となる部分まで、こんなところ部外者に見せていいのか?とこちらが不安になるようなところまで見せてくれて、本当に有意義なツアーだった。
(表に転がっていた樽。こちらも蒸留所名「ノックドゥー」とブランド名「アンノック」が異なる珍しい蒸留所。なんでも名前の似た「ノッカンドゥー」蒸留所との誤解を避けるためらしい。なにやら似顔絵の描かれた樽が気になる)
最後はウェアハウスを見学、というところだったんだけど「ウェアハウスは2年前に大雪が降って、屋根が潰れちまったんだ」と現在工事中とのこと。だから、あっちこっちに重機があるんだな、と合点がいき、そのついでかどうかはしらんがオフィスも現在改装中とのこと。段ボールが積まれた部屋の中に入っていき「試飲するか?」とにやり。今まさに段ボールの中から取り出したテイスティンググラスを私に差し出すと、いくつかあったビンテージの中から「どれがいい?」と私に聞いてくる。どれ飲んでもいいのか、とその気軽さに笑いながら「どれがおすすめ?」と聞くと「俺はウイスキーは飲まないんだ」と肩をすくめる。「リアリィ?ホヮイ!?」なんて騒ぎながらも97年ビンテージを頂く。グラスを置くと「ストップって言えよ」みたいな感じでどぼどぼ注ぐもんだから、笑いながらたくさん注いでもらう。
(たくさんのアンノック。表にあった似顔絵の樽は、真ん中にある派手なラベル用の樽とのこと。なんでもピーター・アークルというイラストレーター(おっちゃんは「有名なアーティストなんだぞ」と説明してくれた)の限定ボトルらしい。日本にも今年10月頃に入ってきましたよね。誰か飲みました?)
(ニューポットのサンプルも置いてあった)
試飲をしておっちゃんのツアーは終了。「せっかくだからあれに名前書いていけよ、ビジターブック。ええと、あれはどこかな。。?」とそこいら中の段ボールを探し始めるもビジターブックは見つからず。「ちょっとついてきな」と、オフィスの向かいにあったプレハブのようなところに連れて行かれる。
なんぞ、と思ったが、どうやらそのプレハブが仮オフィスとして機能しているらしく、中ではマネージャーが事務作業中。なぜか紹介してくれて、マネージャーが持っていたビジターブックに無事サインもすることが出来た。
試飲のグラスを弄びながら世間話。「これからどうするんだ?」と聞かれたので「キースまで戻るよ。歩きかヒッチハイクで」と答えるとおっちゃん。「俺2時までだけど」で「待ってる!」と返事して、帰りはキースまで送ってくれることに。これで、あの地獄の3時間、復路編をやらないで済むんだ!と小躍りしながら再び建物の中へ。2時までまだ30分くらいある。おっちゃんの作業を眺めながら待ちます。
(せっせとウォッシュバックの掃除をするおっちゃん。小さな蒸留所とはいえ、彼がすべて一人でやっているように見えた)
そんなこんなで2時10分前になった頃、おっちゃんが私のもとへやってきてなにやら言う。曰く「2時になったらツアーの客がやってくる」と。
説明すると、本来、この蒸留所はツアーはやっていないノービジター蒸留所なのだが、私が行ったこの時期、ここらでは「スピリット・オブ・スペイサイド」というウイスキーフェスが開催中なのである。日本で、本国のウイスキーフェスといえば「アイラ・フェス」が有名だけれど、それのスペイサイド版と考えていただければ話が早いだろう。
というわけで、こちらの蒸留所も、フェスの期間中は特別にツアーを行っているんだそう。どおりでおっちゃんが念入りに掃除をしているわけだ。
さらにおっちゃんが言うには「ツアーの客は金を払ってやってくるわけだ。お前はタダだったけどな!がはは!というわけで、ツアーの連中の手前、お前がここにいるのはよろしくない。もう終わるから、門出たとこで待ってな」と。
カンパニーなのに私のような客を相手にしていいんだろうか、とお門違いな思いが去来するも、そのやりとりが、完全に身内ノリ的な対応だったことに感動して、とても嬉しくなった。
言われるがままに門の外をふらふら。しばらくすると、なるほどツアー客と思しき人々がぞくぞくと車でやってくる。なるべく目立たないように、門から少し離れたところで待っていると、2時を少し回った頃に彼が車で出てくる。おどけて親指を立てて彼の車を止めて、改めてお礼を言って乗り込む。
徒歩では3時間の道程も、車ならわずか20分。あっという間だったけど、その間、彼とはいろいろなことを話した。家族のことや仕事のこと(試飲の際に「ウイスキーは飲まない」と言ったのはやはりジョークで、ホントはウイスキー大好きらしい)、日本の震災や原発事故の話なんかも出た。途中、シーバス社が持つという巨大なクーパレッジの脇を通る。行きでは通らなかったので、わざわざ遠回りして見せてくれたのだろう。彼はシーバスを初め、巨大なライバル企業をあまりよく思っていないらしく、おどけながらもぶーぶー言っていた。これからダフタウンに向かうと言うと「でかい会社のとこはフェス期間中は見せてくれないぞ。うちみたいには」と笑って答える。
彼もキースの住人らしく、私が止まっているB&Bの名前を言ったらすぐに分かったようで、目の前で降ろしてくれる。本当に感謝。これまでで一番楽しく印象に残った蒸留所でした。
#Knockdhu