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Re : おわりに

2016~2017、春。

 自身の拠点を海外、アイルランド、ダブリンに起き、生活を始めてからあっという間の一年が過ぎました。

 30歳という区切りの年齢での渡愛。
 26で初めて海外に行き、その初めての海外旅行で3ヶ月のバックパッカー、スコットランド蒸溜所巡りの旅へ。その後は、都内のモルトバーに勤務しつつも、どうしても本場のパブカルチャーというものをしっかりと学びたい。その為には結局向こうに住むしかないんじゃないの?働いてみるしかないんじゃないの?というマインドで、地球の裏側まで行き、住む場所も、働き口もない状態から、てんてこまいで生活をしてきました。

 初めて海外へ行き、初めてパブでギネスを飲んだ時は、そのサービスマンの無愛想さに少しく怯んだものですが、今ではその無愛想さは仕事に対する責任や誇り、真摯な姿勢からくる態度だったのだと理解ができます。

 相変わらず英語能力は低く、ちょっとしたコミュニケーションをとるのにも手間取ってしまう私でしたが、それでもこの一年間で培ってきたものはとても大きく、価値のあるものだったの感じています。

 ダブリンでの求職中。
 いくつものパブの面接をパスすることができず、もうあかん。このまま私はスシバーでYAKITORIを焼くシェフになるんだ。と半ば絶望していた頃。1週間くらい前に面接を受けていたパブから急に「よかったらこの週末トライアルに来ない?」と連絡があり、喜び勇んで出勤。他のスタッフとの距離感もまるで分からない中、初めて本場のパブでギネスを注いだ時の感動は今でも忘れられません。
 内向的になるな。ソーシャリストでいろ。みんなにセイハローして、積極的に動け。
 全く違う環境で、言語でのコミュニケーションもろくに取れないなかで、それでも胸だけは張ってカウンターの中に立ち、自分のやれることを一つづつ増やしながら働くことはとても楽しかったし、そのストレスをも心地よく感じるようなメンタルを獲得できた気がします。
 初日の勤務中、カウンター越しに一人の紳士に何かを尋ねられ「あ、ちょっと待ってて。いま他のスタッフを呼んできます。今日は私にとってベリーファーストデイで、この店のことは何も分からないんだ」と答えた時、紳士は「なんだお前、今日が初日か」とやたら私とコミュニケーションを取りたがり、最終的に「これをやろう」と持っていたボールペンをくれたことがありました。なんてことはない、なんの変哲も無いようなボールペンだったけど、それがとても嬉しくて、今でも大切に取っています。それからも紳士は時々店に来ては私にちょっかいを出しながらギネスを飲んでいた。あのおっちゃん元気かな。
 3日間のトライアル期間初日を終え「これがケントの分のチップだ」と5ユーロ40セントを手渡された時は、嗚呼。ようやくこの街での生活がスタートした。海外でも稼ぐことができた。6時間くらい働いて、700円かそこらのチップだけだったけれど、ようやくスタートを切ることができた。ここからだ、と大いに感動したものです。懐かしい。
 トライアルの最終日。
 それは土曜日で、文字通り目が回るほどの忙しさで、私は文字通りくるくる回りながらグラスを洗ったりとかしていたのだけれど、そんな最中、マネージャーに呼び出され「I want to offer you」と正式採用のオファーを受け取り、すぐに職場に戻って、同じようにくるくる働きながらも、にやにやは止まらず、おそらく事情を知っていたフロアマネージャーから肩を力強く叩かれ激励され、おそらく事情を察したフロアスタッフのガールから「このクソ忙し中、なんでそんなハッピーな顔で働けるのよ」と呆れられたりした。とにかくこの街で、この街のパブで働けることが嬉しかったんですね。その日の終業後、「Have a Pint?」と一杯誘われ、店のカウンターでビールを一杯やりながら、私のそれまでの人生を話したりして。とても楽しかったですね。

 それからしばらくは、私は「Weekend Worker」で、つまりは週末の忙しい時にだけシフトインする役割だったのだけれど、だんだんと平日の夜や平日の昼、あるいは朝(うちの店はブレックファストメニューもあった)なんかも勤務させてもらえるようになり、エスプレッソマシンなんかも触らせてもらえるようになった。その度に自分の領域が広がっていく感じがして、とても楽しかった。肉体的にはタフな面もあったけれど、何より「これ(パブワーク)をする為にダブリンにきた」という強いモチベーションがあったので、少しでも多くのことを持ち帰ってやろう、みたいな気持ちで働いておりました。

 働き始めて7ヶ月が過ぎた4月。
 この日は社員総会ということでお店はお休みで、うちのお店と姉妹店の2店舗合同のスタッフパーティーが開催されるとのことだった。
 私は、なるほど、欧米のパーティーだから、まぁ、これは、あれだな。「パーティ抜け出さない?」チャンスだな。などよこしまなことを考え、ジャケットを着用して会場まで行きました。
 姉妹店のスタッフは会ったことが無い人がほとんどで、それでも会場で唯一のアジア人だった私はとても目立ち、みんながコミュニケーションをとってくれて、私もとてもリラックスしていた。
 いくつかのアトラクションが展開され、みなの酔いもだいぶ進んだ頃に、マネージャーがマイクを手に取り「お待ちかね!ベストスタッフオブザイヤーの発表です!」と。私は、へー、そんなのやるんだー、うけるー。みたいに思いながらハイネケンを飲んでいた。それぞれのセクションごとに発表があり、名前を呼ばれた人が前に出てわーきゃー言っていた。そして迎えた「バースタッフオブザイヤー」発表の時。私はやっぱりにやにやしながらハイネケンを飲んでいたのだけれど、ドラムロールがどこどこ鳴って、その後静かになったかと思うと、マネージャーが私の方をまっすぐにみて、一瞬後に私の名をアナウンスしたんですね。私なんかはもうわーわーとなってしまって、とりあえずハイネケンのグラスをその辺のカウンターに置いて、前へ出て行き、マネージャーが私の手を握り肩を抱いて祝福してくれ、私は「I'm proud of myself」とかなんとか言って、プレゼントの50ユーロ分の商品券をもらって、元の場所に戻っていった。途端、周りのスタッフがみんなハグアンドキスで迎えてくれて「You deserved it!」と言ってくれて。そのセリフが嬉しくて。嗚呼。私は今まで、この街で一年足らず生活してきたが、今、ようやくこの街の一部になれた気がする。この街でストレンジャーではなくなった気がする。と大いに感動したものです。これこそが、今回私がダブリンで得た、もっとも大きな感慨だったかもしれませんね。もっとも得たかった感慨かもしれませんね。

 ダブリン、パブワークパートが随分と長くなりました。スコットランド蒸溜所パートへうつりましょう。

 前回の蒸溜所巡り、バックパッカー旅が行われたのは2012年の頃。
 その頃から比べても、ウイスキーをめぐる環境は劇的に変化したと言えるでしょう。
 多くの蒸溜所が新しく生まれ、消費も大いに拡大しましたね。当時はまだウイスキーなんていうのは一部のマニアの飲み物、って印象だったのが、このところは若い層を中心にどんどん広まって、一部のマニアの飲み物、くらいの地位にはなった気がします。
 フェスティバルなんかでも、どんどん若い方が増えて、女性の方も増えて、嬉しいような思いのする反面、ウイスキー価格はどんどん高騰していき、デイリーで飲める商品と、リミテッドで飲める商品とが分断されていっているような気もしますね。嬉しくもあり、悩ましくもあり。

 シングルモルト人気はとどまるところを知らず、多くの蒸溜所がそれを受けてビジターセンターを新しく作ったり、観光設備を充実させたりしております。
 たくさんの人が集まることは望ましいことで、ただ、そこには多少なりともそれを好ましく思わない方もいます。蒸溜所は片田舎にあるものも多く、そんなローカルな雰囲気の中あって、そこで働く人々は自分の生活が、ウイスキー産業の大きな潮流に巻き込まれているのをひしひしと感じています。
 彼らのクラフトマンシップや、企業としての姿勢、プロフェッショナルとしての誇り高さ。数多くの蒸溜所を巡ってきて私が感じたのは、ウイスキー造りには生活が宿っているということです。消費者であり、提供者でもある私の立場でもっとも大切なのは、その生活をリスペクトすることでは無いかなと思うんです。最近は、アイラの島民の方々の中に、観光客をよく思わない人が増えている、なんて噂も聞いたりします。ウイスキーと、そこに住む人々の生活は、とても密接に関わっていて、だからこそ我々消費者は、その生活を尊重しなくてはいけないし、感謝というか、尊敬ですかね。やはり、少し適当な言葉が見当たらないですが。一杯のウイスキーの向こうに見える生活を想像してみるのも大切ですね。そのグラスの向こうに見えるストーリーを大切にすること。これこそが、私が多くの蒸溜所をみて、現場の雰囲気を体感してきて得た、一番大きなもののような気もしますね。

 本当は本編をもう少し続ける予定だったのですが、日々の仕事に忙殺され、なかなか記事を上げることが難しくなってしまいました。ちょうどいま、世間はコロナウイルス騒ぎで、私もだいぶ時間が余っております。これを機に、すぱっと再び終わらせることにします。本当はこの後、フォルカークに建設中の新しい蒸溜所を見にいったり、やはり建設中のクライドサイド蒸溜所を見に行ったり、アナンデール蒸溜所にいったりしたんですけどね。その際の写真がどっかいっちゃってて。見つからないんですよね。まぁ。旅も終盤であとは帰るだけですし。一旦終わりにしましょう。

 帰国後、私は東京、吉祥寺に The Wigtown という小さなスコティッシュパブをオープンし、今はウイスキーやパブの魅力を発信する毎日を送っております。
 2017年のオープン以来ひっそりと営業をしている当店ですが、中にはこのブログの存在を知っていてうちの店に来たというお客さんもいたりして、まぁ。嬉しいやら何やらですね。対面式で私の愛するパブカルチャーやウイスキー、スコットランドの魅力を語れる空間というのは、私にとっても非常に得難いもので、そんな空間を提供できていることを誇りにも思います。嬉しいですね。こちらを読んでご興味を持った方は、ぜひ一度ご来店くださいませ(宣伝)。美味しい美味しいビールと、レアーなモルトウイスキー、本場仕込みのフィッシュアンドチップスに、いま話題のクラフトジンまで。スコットランドの田舎町の雰囲気をそのまま感じられる当店へ、ぜひお越しくださいませ(広告)。

 店をやりながらも、昨年はハイランドウイスキーフェスティバルに参加したりと、ちょくちょくとスコットランドへ行っては現地の空気を吸収してきております。その度に私は、嗚呼スコットランドって魅力的な国だよなぁ、と感じてしまいます。そこに住む人の魅力と、雄大な自然。これがウイスキーを育む文化なのだよなぁ、と毎回感じさせられます。いいものですね。ぜひみなさん一度行ってみてくださいませ。いくらでも相談には乗りますので。

 2012年に始まったこちらのブログですが、もう2020年ですか。あっという間ですね。
 本当はまだ残っている蒸溜所の記事などを、隙を見てちょこちょことあげていきたいと考えているんですが、そういうわけでお店も忙しく、あまり続きがあがることには期待できないですね。やりたいんですがね。よっぽど気が向いたらやっていきましょう。アイルランド編も結局やってないですし。まぁ。とりあえずはここらで一旦、締めることにしましょう。また気が向いたらやります。

 最後に。
 この旅と、ウイスキーを通じて出会った全ての方に心からの感謝を。
 これからもウイスキーやパブという場所を通じて、スコットランドの魅力を少しでも伝えられたらと考えています。

 それではみなさん。
 良いウイスキーを!!

(写真は2019年、ドーノッホで。フィルと)

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