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LAGAVULIN

へブリディーズ諸島の最南端にあって、その美しさから『ヘブリディーズの宝石』『ヘブリディーズの女王』と呼ばれているアイラ島は、その1/4がピート(植物が堆積して出来る泥炭のこと。千年でやっと10cm~15cm堆積する)に覆われた大地で、島民の1/4がウヰスキー関連の仕事に従事しているという。これはもう、バッカスの粋な計らいにより、特別に用意された島だとしか想えないではないか。
 アイラ島の蒸留所は8つ。島の東南側には、時計回りに「アードベック」「ラガヴーリン」「ラフロイグ」「ポートエレン」
中央に「ボウモア」
西に「ブルイックラディ」
北に「カリーラ」「ブナハーブン」と位置している。
 空港は「ポートエレン」と「ボウモア」のちょうど真ん中ぐらいにある。アイラ島での滞在は2日間。初日は島の東南、3ケ所を制覇することにした。
 ポートエレンは1983年に営業を停止し、現在は麦芽精製の専門業者となっているので、素通りするしかない。
 空港からポートエレンの町まで、道路は定規で線を引いたように、まーっすぐである。そして、その両側は360度、ピート湿原であった。これならもしや運転免許がないわたしでも、ちょいと度胸さえ持ちだせば、超かんた~んに運転できちゃったりして?という錯覚に陥る・・・。
  
 ラガヴーリン蒸留所に近づいて、まず目にするのは、用水路を勢い良く流れる紅茶色の水である。ピートに染み込んだ雨は、長い時間をかけて地上に戻るまで、ピートによって濾過されると同時に、そのエキスを還元されるため、透明ではなく紅茶色なのだ。(つまり、こんなところも、ウヰスキー仕様ということだ) 。
 さて、わたしたちがビジターセンターのドアに掛けらたインフォメーションカードを読んでいると、自転車が2台、ツーッと入ってきた。
 ひとりは背高の痩せぎすで、ぐりぐりの金髪。もうひとりは、優しくて力持ち的太っちょで、赤毛禿げである。
「ハッロー!まだ、開いてない?」金髪が聞いてきた。
「あと10分だよ」
「ひゃっほー!!」
 彼等は、非常にタイミング良く到着したことを喜び、お互いの腕をクロス・タッチして友情を確かめ合っていた。
 そして、ポーチの段々に並んで腰掛けているわたしたちを、両側から挟み込むように座ったので、成り行き上、とてもフレンドリーな自己紹介をし合った。それによると、彼等はスェーデン人であり、毎夏ヴァカンスにはスコットランドを訪れ、サイクリングとウヰスキーを楽しむんだと言った。
「スェーデンからスコットランドまでフェリーが出てるし、アイラ島にもフェリーで渡って来られる。車だとウヰスキーのティスティングが出来ないだろう?だから、ぼくたち、とても理に適っているんだ。」
車で来ちゃった理に適って無いわたしと良さんは、節目がちに「そ、そうだね」と同意するしかなかった。

 ベストシーズンとはいえ、アイラ島まで足を運んでディストラリーを訪れるひとは、そう多くはいない。6人のみのこじんまりしたツアーとなる。
 「ラガヴーリン」とは、ゲール語で「窪地の水車小屋」という意味。どこの蒸留所も、その前身は、禁酒法をかいくぐっての密造時代を経てきているので、ラガヴーリンも、名が示す通り「窪地の水車小屋」という仮の姿で世を忍び、その実、後に「ホワイト・ホース(有名なブレンデッド・ウヰスキー)」の核となるほどの原酒を造り続けていたのだ。
 近代的で小奇麗な蒸留工程から樽詰工程へと導かれ、船積み用の桟橋に出る。そこは小さな入り江になっており、桟橋は、胸の高さまで手すりがついた木製で、風雪に耐えてひかり輝く銀色に昇華し海へ向け20mほど突き出している。海水は紅茶色ではなく底が見えるほど透明度が高い。土壌の豊かさそのままに、海中では海藻が豊富にうごめいている。ああなんと、デッキチェアを広げて日がな一日海を眺めて過ごすにふさわしい場所か。入り江の先には、その昔、岩礁の複雑な地形を生かして建てられた古城、ダニヴェイグ城跡があるのだ。現在ではすっかり苔むして、その繁栄を偲ばせるものは、何も見当たらない。歴史の中で淘汰され、残ったもの。結局はそれが、この島の自然と、ウヰスキーということか。
  テイスティングは「LAGAVULIN 16years」。スコッチが市場に出るのは、だいたい、12年物からである。16年とは、それよりもさらに、熟成期間を長く取っているわけで、この4年の差は大きい。ヨード香もピーティーさも控え目で、非常にエレガント。ブーケからくるおだやかさとはうらはらに、まず舌をまあるく包む、厚みのあるアタックがある。ビー玉を口に含んだように、液体はバランス良くコロンと丸まって、舌の上でころころと転がる。そうして、球のまま、喉の奥まで転がって、ころんと落っこちてゆく感じ。このまろやかさは、マッカランと同様、スペイン産のシェリー樽に由来するものなのか。口当たりの良さゆえに、ついつい量を重ねてしまう、ウヰスキーである。

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