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はっぴー つー ばげっじ

  朝霧に煙る倫敦。しかし、わたしたちが目指すはイングランド北部、スコットランドのスペイ川流域『MALT WHISKY TRAIL (モルト・ウイスキー・トレイル)』である。  スコットランドには100を超える蒸留所(ディストラリー)があり、スペイ川沿いにはその大多数が点在していて、春夏の間は、たいていの蒸留所が見学できる。モルト・ウイスキー・トレイルとは、日本なら、コスモス街道とか、フラワー・ロードとか、そういった感じで、まあ、ウヰスキー街道ということだ。
 空路で何通りかの入り方があるが、スコットランドの、どの都市に降り立っても、車で1時間~1時間30分もあれば、モルト・ウヰスキー・トレイルにぶつかり、いづれかの蒸留所のキルンを目に出来る。

 わたしたちは、東に位置するスコットランド第三の都市、アバディーンからのルートを選択した。早朝のヒースロー空港で、ブリティッシュ・エアウェイのローカル便へ、またもやトランジットである。トランクをピックアップ後、空港の隅っこの方へ10分も歩かされたチェックインカウンターで、 ブルーアイズの青年が、にっこり微笑んでわたしたちを迎えた。
「はっぴー つー ばげっじ?」
(はっ、?!)
(良さんわかった?)
(フジコサンは?)
(そりゃわたしたち、ハニームーンではないけれど、ハッピーではある)
「はっぴー つー ばげっじ?」
(状況からして、荷物の数を聞かれてるよね?)
(すごーーーく、なまってない?)

 わたしは、タモリ倶楽部の『空耳アワー』を連想した。彼とわたしたちの間には、口答での会話を成立させるために必要なもののうち、何かがひとつ欠如しているように想われた。彼はおもむろに、そのへんの書類を裏返すと、ツツツッ、と、ボールペンのお尻でこめかみを3度つついて、筆談の体勢をとった。
『以前、スコットランドに来たことがありますか?』
「いいえ、はじめてよ」
ツツツッ、それから彼は、細長い三角形と、小さな四角と、丸いアーチで組み合わされた、建物の絵を描いた。
「これは、なあに?」
『これはお城です。あなた方がこれから行かれるスコットランドには、たくさんの、それはそれはビューティフルなお城が点在するのです。ぜひ、カッスル・トレイルの標識を巡りなさい。良い旅を。』
ツツツッ。
(良さん、カッスル・トレイルだって・・・)
(ウヰスキー・トレイルの他に、古城廻りを目的とした、カッスル・トレイルなるものもあるんだね)

 スコットランドは、1707年までケルト民族の一派、スコット族の王国として独立していたそうで、いまなお、その名残が色濃く感じられるのだそうだ。そのクランの歴史を物語るのがタータンであり、バグパイプであって、未だにゲール語(スコットランド語)を話す人々もいるし、スコットランド紙幣も流通しているという。スコットランドでは、ポンド紙幣で買い物しても、おつりはスコットランド紙幣で返ってくるが、その紙幣は、ロンドン辺りでは使えないそうだ。どうも、想像以上にディープでローカルらしい。

 (だけど良さん、出会う人みんなと筆談なんてことは、ないよね?)
 (大丈夫。酒飲みは、世界を繋ぐのだ。きっと、解かり合えるよ)
 (そうだね)
 (そうだよ)

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