僕等は生き続けている間、生きてきた証しとして
日々思い出をつくっているだけのかもしれない・・・
人間が生きた証しとして残る記憶。
そして人生の最後まで残る記憶。
それは、いったいどんな記憶なのか。
僕等はこれから、どんな記憶を心に残せるのだろう・・・
何よりも大切で、何よりも愛する家族。
彼はきっとその一心で、これまでの人生を妻と歩んできたのだろう。
物言わぬ白髪の彼の穏やかな顔には、そう書いてあった。
そんな気がしただけかもしれない。
何度かお会いしたことのある彼。
今では当時の面影もない・・・
包容力があり、頼りになる存在。
いつも力強く、そして、優しすぎるぐらいの父親。
そんな彼の父親でも、悪性腫瘍には勝てなかった。
お酒を飲めない方でも楽しめるのがBAR である。
BAR にはそうさせてくれる空気があり、そうさせてくれる職人がいる。
職人ならではの技術。
職人の技術とはそういうものである。
車が壊れれば車屋に、歯が痛くなったら歯医者に。
困ったとき、頼りにできる職人に出会えたら安心できる。
「安心を得る」というのも彼等の技術であり、技術者の証しなのだ。
そんな彼もこれまで地域の方々に愛される酒など不要な職人であった。
皆、彼から安心を得る。
だからこそ今夜は” あえて ” BAR を選んだのかもしれない。
酒を飲めない男がBAR を選ぶ。
そして生まれて初めて父親と、二人だけで酒を飲む。
その二人には会話など必要無い。
40数年人生をともにした親子には、会話などいらない。
きっと ” 伝わる ” のだ。
二人の前にあるのは、思い出深いコニャックとお互いへの思いやり。
そして、お互いが愛する二本の葉巻と、二人だけの思い出の数々・・・
彼らには残念ながら時間がない。
一緒に居たくとも、居れない寂しさ。
そして悔しさ。
いま一瞬一瞬が、お互いにとって貴重な時間なのだ。
いくら望んでも許されることのない、切なすぎる希望。
そして自分自身への焦りと憤り。
彼が言う。
「今夜は親父との思い出づくりだから。」
お酒を全く飲めない父が、この日の為に用意したコニャックを
息子から受け取り、何も言わず黙って飲む。
大ぶりのブランデー・グラスで味わいながら。
ある意味神秘的に。
彼の気持ちを知っていた僕は、ただただ見ている事しかできない。
5月10日
彼は84歳の誕生日を迎える。
湿度設定を高めにしたヒュミドール。
コンディションを崩した葉巻に、もう一度元気になって欲しいとの願い。
もう一度、華やかな香りを感じさせて欲しい。
ただ、その一心。
その願い、神バッカスに届いてくれ・・・
NBA 日本バーテンダー協会(IBA国際バーテンダー協会加盟)の
NBA 認定バーテンダー ・ NBA 認定技能検定合格者が接客する、
安心して くつろげる Restaurant & Cigar Bar です。
林檎館
FRENCH RESTAURANT & CIGAR BAR ” RINGOKAN “
〒436-0066 静岡県掛川市谷の口町69-3
お問い合わせ
0537-23-1129
JR掛川駅より車で3分。掛川バイパス西郷インターを南に300m。
当店は皆様にご安心していただける CCA シガー協会の加盟店です。
当店は、日本コニャック協会の加盟店です。
営業終了後の深夜4時。
この日も沢山の葉巻に火がともった。
家族でいらっしゃった父親と学生二人。
母親は愛おしそうに、たくましくなった彼等を横から優しく見つめる。
40代のその女性はお気に入りのタバカレラを。
一人で嗜む姿が美しい。
初めてご来店のお二人、彼等は揃ってナットシャーマンを。
最近自分のシガー・カッターを購入し、ノート持参の勉強家の彼と友人。
自分の中の不道徳が許せない男気のある職人の彼。
そして83歳と45歳の愛おしい彼等。
この日最後の葉巻は己の為に。
彼から頂いたドン・ディエゴの、立ち上がる煙を眺めながら
彼等が嗜んだ残り香が漂う空間の片隅で、なぜか切なく想う。
葉巻を嗜んだ後に残るのは、その灰と残り香。
そして、この数十分間の記憶。
彼を真似て早朝の葉巻に合わせたのはモヒート。
摘んできたばかりのミントが切ないほど清々しい香りを放つ。
この白々しだした静かな店内に、神バッカスはいるのだろうか・・・
#BAR