この間亡くなった伯母さん、の旦那さん(おじさん)のお話。
おじさんは、お酒が大好きだった。
思うにこれといった趣味もなく、子供ができなかった寂しさもあったのかも知れないが、お酒を飲むのが唯一の楽しみだったようだ。
子供の頃、休みの朝に時々、我が家に寄る事があった。
扉を叩き、叫ぶ....
朝方まで飲んでいて酔払った状態でないと我が家に来れなかったのかもしれない....
玄関で座り込んで、寝てしまう事も多々あったようだ。
子供が出来なかったおじさんは、私や弟に会いたかったのだろう....
弟などは、ある日、おじさんにいい所に連れて行ったるわと言われ、ついて行ったらビヤガーデンに連れて行かれたとか。
枝豆ばかり食べてた記憶があるそうな...
おじさんは、子供をどこに連れて行ったらいいのかわからなかったのかもしれない....
この間のお通夜の席でも話題になったが、おじさんは夜、自転車の前のカゴにワンカップを乗せてよく散歩に出かけたらしい。
家で飲んでばかりいると、伯母さんに怒られるので苦肉の策だったのだろう。どこかの公園で飲んでいたのだろうか?
しかし、おじさんには、本当に世話になった。
中学校の時、短波放送の入る高級ラジオがほしくてほしくてカタログばかり眺めていたある日、おじさんが日本橋に連れて行ってくれた。
そして、私がほしかったその高級ラジオを買ってくれたのだが、その時の店員との値段交渉のやり取りを今でも憶えている。
家に帰って箱からラジオを出しスイッチを入れて、ラジオが鳴った時、おじさんには何度もお礼を言った。
嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
成人になった時、紺のスーツを買ってくれたのもおじさんだった。
その時、「ありがとう」の電話を入れたら、普通に「ああ」の返事だった。
シャイなおじさんだった。
悲しくもそのスーツ姿を見せる事が出来たのは、おじさんの葬式の時だった。
お酒が好きだったおじさんは、酔払って自転車で転倒して頭を打って帰らぬ人となった。
そのおじさんの形見分けと伯母さんが私に渡してくれたのがこの時計
<GRAND SEIKO>
SEIKO時計のフラッグ・シップ。
初期型、諏訪工場製造、手巻き&自動巻き(ムーブメントの音には、圧倒されます!)
身内の中で一番、物を大事に扱うのは、お前やろうと伯母さんが渡してくれたのだった。
この時計、おじさんが勤めていた会社の勤続何年かの祝いで会社からプレゼントされたらしい。
ところが、ある日、酔払ったおじさんはどこかで寝てしまったところ介抱するかのように近づいた連中にこの時計を含む金品を取られたのだった。
しかし、会社に対して体裁が悪いのでおじさんは、同じこの時計を大枚叩いて買ったらしい。
おじさんが亡くなった後、伯母さんは、おじさんが飲み歩いていたお店一軒一軒廻って、ツケ(借金)がないか訪ねて廻った。
結局、ツケは全くなかったらしく、本当にスマートな飲み方をしていたのだなと思った。
もう少し長く生きていてくれれば、どこかの飲み屋で一緒に飲む事ができたのに....
おじさんも伯母さんもこの世に居なくなったが、思い出がいっぱい詰まった時計は、今も正確な時を私の腕の中で刻み続けている....
#雑記