高校卒業と同時に、広島での一人暮らしが始まった。6畳の部屋に台所とトイレは付いていたが、風呂は銭湯通いである。自分一人で生活するのは初めての事で、初めての土地で知り合いも全くなく不安だらけのスタートである。小さい頃から鍵っ子で自分の食べ物を作るぐらいのことは出来たが、財布の管理まではしたことがなかった。
案ずるより産むが易しで、大学にさえ行けば大概の物はそろうということを知った。また学校の側には学生向けの安い店も多くあり、アパートは寝るだけの場所になる日まで時間のかかろうはずはなかった。クラブハウスに行けば、先輩達が交代で、麻雀や飲みに誘ってくれるのである。
写真部に4回生の和田さんと松尾さんいう先輩がいらした。このお二人は麻雀も教えてくださったというか、そうとう小遣いを持って行かれたが、負けた日は何か晩ご飯をごちそうしてくださった。和田さんのアパートには常に何本かの酒が置いてあり、おじゃますると「何か飲むかね?」と言っては、ウイスキーをストレートで注いでくださった。
ある日おじゃますると、グリーンの三角形の瓶が本棚の隅に立っているのに気づいた。小学生の時に家で盗んだ最初のウイスキーである。私が学生時代には、スコッチモルトが今ほど輸入されていなかったと思う。スコッチと言えば「ジョニーヲーカー」であり「オールドパー」であった。「グレンフィディックですか?」と尋ねたら、「よく知ってるな。飲むか?」と言っていつものようにストレートグラスを満たしてくださった。
こんなに薄い色のウイスキーもあるんだと不思議に思ったのを覚えている。日頃飲んでいた安物のウイスキーとは全く違う、複雑でいて透き通った香りと雑味のない味に感動した。いつものペースで飲めず、チビリチビリと長く楽しんだ。美味い酒は酔うために飲むものではなく、楽しむためにあるものだと気づいた瞬間である。
良き先輩と、モルトウイスキーとの出会いに乾杯!
#グレンフィディック