基本的に大学には行くが、クラブハウスと雀荘とアルバイト先に通っているのであって、勉強するために通っていたのではない。ローバースというキャンプ生活を通じて人とふれあう事を目的に、山登りを中心に活動しているクラブにも参加していた。その活動中に、口説きたい女性と出会った。中高と6年間男ばかりの中で生活していたのだから、女性を見ただけで誰もが美しく見えたのかもしれないが、同じ学部の女性には惹かれなかった。
コンパや打ち上げという名目の飲み会はしょっちゅうあり、学部と写真部とローバースの全てに参加するとほぼ毎月のように大人数で飲んではいた。しかしデートという形で、二人だけので夜の街に出かけたことなど無かった。万全を期すため、生まれて初めて一人で夜の街に出た。
広島には流川と薬研堀という繁華街があり、大学から歩いても10分ほどしかっからなかった。いかに厚かましいとはいえ、デートコースまで先輩に相談するわけにもいかず、ミニコミ誌を片手に歩き回ったあげく薬研堀の「徳助衛」というおでん屋さんに飛び込んだ。どう見ても社会人しか飲んでいない中で、いかにも学生でございますという格好で、なんとなく肩身の狭い思いをしつつどぶろくを頼むと、おやっさんと呼ぶのがふさわしそうな店主が升を受けた1合のグラスにどっとあふれるまで酒を注いでくれ「学生さんやろ、まけといたるけん。」と一言が付いてきた。その顔は神様のように思えた。おでんと土手焼きを数種類頂き、もう一杯酒もお代わりして店を後にした。
流川に戻り勇気を振り絞り、名前は忘れてしまったが日本バーテンダー協会の方がやっているバーの扉を開けた。数名のお客様がすでにグラスを傾けて、にこやかに話をされていた。入り口に近い席に着くと、白のカッターシャツに蝶ネクタイ姿のマスターが「いらっしゃいませ」といたって普通に出迎えてくださった。何をどうオーダーしていいかも分からず、素直に初めてであることとスコッチウイスキーを飲みたいことを告げた。
「これは飲まれたことがありますか?」と目の前に出されたボトルが「ラフロイグ」であった。スコッチモルトは「グレンフィディック」しか飲んだことがないのだ。見たことがあるわけもなく「いいえ。それを下さい。」と答えた。先輩の家で飲ましてもらうストレートグラスではなく、ウイスキーがモルトグラスに注がれてしずしずとカウンターに置かれた。歯医者にでも入ったかのような香りが漂い、本当に飲める酒なのだろうかと疑った。マスターからウイスキーに関する話を聞きながらチビリチビリ飲んだが、決して好きになれそうにはなかった。その後も何度かその店には通ったが、ラフロイグを注文した覚えは無い。
すばらしいバーテンダーさんと、新しい出会いに乾杯!
#ラフロイグ