この酒との出会いは大学時代に遡る。福山の住吉スクエアーの4Fにあったジャズクラブというバーによく通っていた。毎週火曜日と土曜日はライブがあり、常連の一人であった。ある日マスターから「樽に入った酒を買うのだが、先に何本かキープしてほしい」という提案が常連達にあった。学生のことで財布の状態は今と等しく常時カラに近いが、なんとか工面して3本キープすることにした。
普段は一番安かった「オールドクロー」をキープしており、スコッチを飲めるのは年に数回しかなかった。それもほとんど他人の酒を飲ませてもらうという形で口にできたのだ。家では「シャンデリゼの霧」というフランス産のビートから作られた焼酎を飲んでいたように思う。たまに実家から盗んで帰った「サントリーオールド」や「サントリーリザーブ」は高級品の部類に入っていた。
支払ってから数日後に「タプローズ8Y」の樽が届いたとの連絡が来たので、その晩にいそいそとバーへ出かけた。カウンターの片隅にどかんと置かれた樽は、黒く光っており重々しく感じられた。いかにもウイスキーの樽であり、バー全体に威圧感を醸しだしていた。早く飲みたい衝動を抑えることなどできるわけがない。マスターも何も言わずにストレートグラスにあふれんばかりを注いでくれた。
カウンターのグラスを持ち上げることが怖くて口から迎えに行くと、大人の香りが鼻の奥から脳天まで瞬時に広がった。飲むことなどもったいなくて少しなめてみると、甘くふくよかな香りが体中に染み渡っていく気がした。その日にオールドクローの瓶に詰めてもらったのが1本目である。うまい酒が何日もあるわけは無く、一月もたたないうちに飲み干してしまった。2本目もぐびぐびと飲んではいたが長期の休みが間にあり、ほぼ一月のあいだ山に籠もっていたので数ヶ月は持った。無くなった日に3本目をもらったら、香りも味も変わっていることに気づいた。ウイスキーが樽の中で熟成することを、身をもって知った瞬間であった。当時は自分がバーをやるなどということは、さらさら考えてはいなかった。
その後も色々なバーとバーテンダーの方々と出会い、自分でやってみたい商売として自分の中で成長し、ついに自分のバーを持つ日が来た。スタート時はなんちゃってバーであり、リキュールも含め100本のボトルが並んでいたに過ぎない。たった9席のバーなのだが、最初から1席分を陣取るにもかかわらず、どかんと「タプローズ8Y」を樽ごと店に置くことは忘れなかった。今は一時的に「オリジナルブレンド」に場所を取られているが、潰れるまで有り続ける事は間違いないだろう。
安くで安心して飲める1杯に乾杯!
#タプローズ