MENU

AREDBEG

アードベックのビジターセンター内には小さなレストランが完備されているので、ウヰスキーが主たる目的でない観光客も、ランチを求めて賑わっていた。スーベニールショップもかなり幅広いアイテムが揃えてあって、アイラ島で一番充実している。
 ツアーの申し込み者は、「ふ~ん、そんな見学が出来るなら、せっかくここまで来たんだし、ついでだから参加してみようか」という人々ばかりで、「はるばる来たぜ、アードベックよ!」と、建物の前で武者震いする輩は、やはりごく稀である。
 20人あまりが申し込んだところでツアー開始。(アイラ島に於いて、これほど多数の観光客を一括で目にしたのは、後にも先にもここだけです)

 1997年に安定した操業に入るまで、アードベックは何度もオーナーが代わる事態が続き、1980年代は完全に操業を停止していたのだという。
 ウヰスキー製造の建物は近代化されずに、大半が木造のままである。特に麦の貯蔵庫の内部は、三階ぶんをぶち抜いた巨大な空間で、床に向けて室内スキー場のような斜面が広がっている。見学者一同は、地上8~9m程にあるこの建物の、「梁」を改造した通路から、つるつるの斜面を望むことになるわけで、それはまるで吊橋から渓谷を眺めているような、感覚としては、きんたまのちぢみあがる気分です。(残念ながら、わたしには体感できませんが・・・)
 また、外へ向けて建物のドアや窓はすべて解き放たれているので、ごく自然に室内にスズメが入り込み、目をぱちくりさせながら進むわたしたちの頬をかすめ、なかなかのスピードで飛び交う。気分としては、なんだか巨大な鳥かごに、いっしょに放り込まれちゃった感じにもなる。

 ティスティングは『AREDBEG17years』。アードベックの最大の特徴は超ストロングなピート香にある。極端に表現すれば、殻付きのピーナツの、実ではなく、殻そのものを口に含んだ感じ。しかし「えぐい」ということではなく、上質のワインにも共通した、ココアやチョコ、シガーなどの、優美なスィーティーさも持ち合わせている。この強烈な個性はアイラ島のウヰスキーのなかでも一番顕著で、アイラ好き(=島物好き)は、そうしてヨードとピートにやられ、終いには、これが無いと物足りなく感じるようになるのである。
 普段の生活のなかでスズメを見かけると、わたしは、実りの季節の田んぼで稲穂をつつくスズメでもなく、電線で休む姿でもなく、アードベックの貯蔵庫が目に浮んでくるようになってしまった・・・。同時に、あの日、あの場所で嗅いだピートの香りが、仏像の火焔光のごとく、めらめらゆらゆらとわたしを包み込んでゆき、忘れようもない味わいが、電流となって身体を巡るのである。

この記事を書いた人

前の記事
次の記事