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真夏の夜の夢?『THE GLENLIVET 12years』

 明日から9連休に突入する。仕事をきっちり片付けて、まるでテニスのあとにレモンスカッシュを飲み干した気分で帰路についた。上大岡駅の『マツモトキヨシ』側の改札を抜けると、良さんが私の帰りを待っていた。この金曜日のお迎えは、「今晩は焼鳥『鳥福』に行こうね」という、夫婦間の暗黙のサインとなっている。よくありますね。たとえば、お弁当のごはんに、ピンクのそぼろでんぶでハートマークをあしらった日は、「あなた、今晩、ねっ!」みたいな、そういうことです。

 『鳥福』でいつもの席に落ち着くと、良さんは、先程から大事そうに抱えていた紙の包みを、おもむろに開け始めた。
「じゃじゃ~ん。『THE GLENLIVET 12years』(ザ・グレンリベット12年もの)だよぉ。あのね、グレンリベットと名の付くスコッチは数あれど、THE(ザ)をつけることを許されたグレンリベットは、JG・スミス家のものだけなんだって。明日の今頃は僕たち、この蒸留所にいるんだよ」(うーむ。気持ちは解るけれど、まさかここで開封するわけではあるまいな・・・)
「佐々木さん。何だぁ、それ?」早くも気難しい親父さんから、お声が掛かる。良さんは額に汗をかきつつ、おなじ説明を繰り返した。『村田眼鏡店』であつらえた八十万円もする親父さんの眼鏡のべっ甲フレームに、光の筋が走った。
「なにオゥ。」親父さんが顔をゆがませながら近づいてくる。総麻の真っ白い甚平姿で、威厳たっぷりである。
(あぁ。きっと、退場宣告だ)良さんは開いた口に指を4本つっこんで、1メートルほどのけぞった。
「佐々木さん。御所望・・・」(!)親父さんは、『熊出没注意』とプリントされた、黄色いマグカップを手にとって、テーブルにすり寄ってくるではないか。
「御所望・・・」居候のごはん茶碗みたいに、そのカップが差し出された。良さんが震える手つきで、御所望に答えたのは言うまでもない。わたしたちの他に二組の客がいたが、親父さんは『THE GLENLIVET 12years』脇に陣取り、すっかり腰を据えてしまった。

 彼はその昔、エジンバラ郊外の貴族の領地内で行われる狩猟に誘われ、スコットランドには4回ほど行ったことがあると言う。雉を追いたてる方法で、半日で小型トラック一杯の成果があるそうだ。せっかくの雉が「なんだか、わけのわからない」料理で供出されるので、焼き鳥屋の主人としてはたまりかね、芝生のガーデンに火を起こし、雉をつぎつぎと半身にさばいて、豪快な『雉焼き』を披露したならば、大いに賞賛され、Mr.Kの名は伝説になっているそうである。
 スコットランドへの出発前夜。焼鳥『鳥福』での夜は更けてゆき、『THE GLENLIVET 12years』は、ボトル1/3を残すのみとなった。
(ちなみにこの日のわたしたちは、四万十川の天然うなぎを蒲焼で食べ、ビールと樽酒を飲んでいただけである)
 当初の予定通り、良さんは今晩の寝酒に『THE GLENLIVET 12years』を舐め、スコットランドに想いを馳せた夢を見ることが出来るのであろうか?あるいは、真夏の夜の夢と成り果てるのか?その運命は、親父さんの手中に握られているのであった。
(2001年・夏)

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