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理想のBARとは? それは可能か? 第4回





理想のBARとは? それは可能か? 第4回

今日は前回に続いて、BARにおけるボトル回転率をテーマに、少し突っ込んだ方法論をご紹介したいと思います。

私がウイスキーにはまり出してから出会った、今ではワインバーを営むSさんの実話である。彼とはとある名店と誉れ高いバーで出会った。彼はとても寡黙で、
時折マスターと話すほかは真面目にモルトに向かっていたと思う。

何度か出会ううちに、私がたまたま本業である薬についてマスターから質問を受けしゃべっていた時に、Sさんから薬について聞かれた。これが最初の会話であった。

Sさんは今はブドウ畑の人だからね。マスターはそう紹介してくれた。彼はとあるその筋では有名なワインバーの店主だったのである。

機会あって彼のお店に伺った。私は正直ワインだったらマールがいいような蒸留酒人間であったので、素直に彼のお店で当日出ていたハウスワインをいただい
た。

私は卒倒した。それはダークシェリー樽熟成のモルトと共通するようななんともいえない甘みと渋さの融合した感覚を持つ秀逸な1本であった。丁寧にデキャン
ティングしてあって、ボトルも隣にあったのだが銘柄は無知もあって覚えていない。

Sさんは私に「今日はタケモトさんが初めて来ていただけると聞いて、内緒で仕込んでおきましたと」

他にもその日はたくさん飲んで食べて、しかも複数人であったため会計はよくわからなかったが、また来たいなと思った程度のものであった。

何度か交流するうちに、経営者同士、会計や棚卸しなどの在庫調整の話になった。そのとき聞いた話は今でも忘れられない。

「うちのワインはどれを売っても利益は同じなんです」

!!! なんと大胆かつわかりやすい値付け。ワインの特性上、開けたら迅速に飲まなければいけない。食事のときに複数人で1本開ける人も多いのだが、最近
のワインバーの利用者には数をこなしたい人も少なくない。そしてSさん自身も「私自身がたくさんのボトルに出会いたいですから」と。

つまりモルトバーに置き換えてみるとこういうことになる。

あらゆるバックバーにあるボトルの購入価格にある一定の金額を載せ、内容量を1ショットで割り込むのである。

① 1万円で購入したボトル、700MLに2万円の利益を載せて販売

→ (1万円+2万円)÷ 20ショット(若干余裕をもって) = 1500円

② 3万円で購入したボトル、700MLに2万円の利益を載せて販売

→ (3万円+2万円)÷ 20ショット(若干余裕をもって) = 2500円

Sさんいわく、当初はこの方式ではなく一般的な値付けをしていたが、客はまばらで、自ら飲みたいようなボトルオーダーはまれ、だんだん仕事に前向きでなく
なってきた自分を感じたという。そこで自らモチベーションを上げるためにもこの方法を導入。評判となりお客さんのリピートは増え、私の目から見ても連日大
盛況といっていい入りだ。

いわゆるハウスワインにおいてもこれは同様で、来客のおよそ7割が値段が高いときも安いときもあるハウスワインを頼み、残りが事前予約型の1ボトルオー
ダーだという。デキャンティングの必要性があり仕込みが必要なワインバーの特性上見事といわざるを得ない顧客バランス。そしてハウスワインへの信頼の厚さ
はすなわちバーテンダーであるSさんへの信用といっていい。彼はやる気がみなぎっていた。

おまけに決算対策も至極わかりやすいのだという。1本利益いくらですから、もちろん売れ切れなきゃしょうがないんですけど、利益は空きボトル数えてかける
なんぼですと。
自分が給料で取れる分が毎日レポートされているようなもんですよと。

もともとSさんは歴史のあるバーの出身で、カクテルの腕も確か。しかしながら家庭をもつにあたって、とある大手チェーンの新スタイル(居酒屋チェーンのハ
イクラス店舗)の店長として引き抜きにあう。彼はこれに応じ、次々にオープンとなる店舗の立ち上げ教育係となる。結果彼は体を壊してしまう。

しばしの休養の後、本人曰く昔のようにあくせく働くことは出来なくなってしまった。そうであれば、カクテルのように自ら作り出すものから、完成された酒を
さらに美味しく提供するスタイルの店舗を作ろうと。そう考えたそうである。

話は変わって、つい最近シングルモルト普及委員会の松本さんと出会ったときこういう話を聞いた。

「モルトバーというのは、カクテルを作り出すようにイノベーションを競うものではない、大事なのはマーケティングなのだ」と。

まったくもって同感というほかない。モルトは瓶詰めされたものを、可能な限りそのまま味わうものだ。そこでのバーテンダーの役割はボトルを仕入れてきて、
お客に納得できる価格で提供することである。そしてお客に自らが高評価するボトルを紹介することである。もちろんお客との対話も大事ではある。バーテン
ダーは優秀な精神科医であるべきだ。

ラベル酔いではないが、入手の苦労を客に話し、自らの交友関係を盛んに宣伝するバーテンダーもいるが、これは当然全くのご法度である。真摯にボトルと自ら
も向き合うことで初めて信頼が勝ち取れるのであり、どこで買ってきたのかは正直飲む前の気持ちを萎えさせる要因になりかねない。

モルトバーは、まず酒ありきであり、それを求めて集まる客によって雰囲気作りが行われる。求めるものが違えば自然と雰囲気も違うように出来上がり、そこに
合わない客が来ても自然と居づらくなるものなのである。カゼで歯科を訪れてしまったような違和感だろうか。

客層が悪い≒酒が悪い

居酒屋でハイボールを勧める時代、はっきりと現実を直視するべきであり、さらなる向上を目指すには、まずはお酒と提供方法を見つめなおしていくべきではな
いだろうか。

#理想のBAR

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