早く人間になりたい時期を通過して、初めて大人になれるような気がする。自分では一人前のつもりなのだが、周りは半人前にしか扱ってくれない時代。それが、中学から高校にかけての6年間ではないだろうか。親に養ってもらっていることに考えが至らないぐらいの幼稚さを持っているにもかかわらず、親が目をつぶってくれる裁量内であることに気づかぬまま、無謀な行動を取り続ける。
その当時、私の中の3悪であり3憧れは、酒・パチンコ・女であった。
私は中学から、中高一環の私立の男子校に通っていた。これは、塾を開いていた両親の洗脳(何が何でも私立の学校に入れ)によるものである。奈良の橿原から大阪の天王寺まで1時間余りかけて通い続けた6年間。田舎育ちの私にとって、大阪の天王寺から難波にかけては、誘惑の巣のコロニーといえた。
当時、ずっと大阪で育った、私よりはスレッカラシの悪友と5人組でよく集まった。飲み屋に初めて連れて行かれたのも、エロ本(ビニ本だったと思う)を初めて見せられたのも、マージャンを教えられたのも全部彼らのおかげである。当時も、今も、感謝感謝。 中学をやっと卒業した春のある日。その悪友の一人から「大阪まで出て来ーへんか」というお誘いの電話がかかった。二つ返事で集合場所へ。大阪の下町はあべの銀座(今では再開発により下町風情はなくなったが)にあるジャズ喫茶である。すぐ横は飛田新地。少し行くとジャンジャン町。反対側は西成。
全員集まったところで外へ出たが、特に何をすると決めていたわけでもなく、ただブラブラと人ごみの中をさまよった。そのうちに一人が、「パチンコしてみーへん」と言い出した。親について入ったことがあるという。興味シンシン、内心ドキドキ、本音ウズウズ、小心ビクビク。「300円だけな。勝っても負けても30分だけやでええな(300円と30分の根拠は不明)。」という話がまとまり店内へ。ビギナーズラックとしか言いようがないのだが、5人が5人とも勝った。合わせると1万円以上の浮き(換金するのにオロオロ、ウロウロ)。
当時の私の小遣いから考えると、とてつもない大金を持ったことになる。みんなも事情は同じで、何に使うかが大問題となる(使うことしか頭にない5人)。今まで行ったことのない所で使ってしまおうという話はまとまったが、じゃー何処なのか。サーア南へ南へ(これじゃ落語だよ)。実際は北向きに歩いていたのだが。
ジャンジャン町を抜け、日本橋から道具屋筋・千日前商店街・戎橋と、ゾーロゾーロのキョーロキョーロ。
ビリヤード屋の前で「はいる?」
エロ本屋の前で「はいる?」
ゲームセンターの前で「はいる?」
レストランの前で「はいる?」
ポルノ映画館の前で「はいる?」
どうも意見が一致しない。
引っかけ橋の袂まで、ゾーロゾーロのキョーロキョーロ。
そこで、ビラ配りのお姉さん(私たちよりは、やや・少し・だいぶ・相当年上?実はほとんど見ていない)から手渡されたチラシ。バーのカウンターのような写真と女性バーテンダーがシェイカーを振っている写真に、ノーチャージ・ボトルキープ1500円~・カクテル350円~・フード250円~etc.の文字。なんのことやらサッパリ要領を得ない。が、このチラシを渡されたということは、入ってもOKということで、酒を飲んでもいい年に見られたということで、嬉しいということで、今日2度目の興味シンシン、内心ドキドキ、本音ウズウズ、小心ビクビクということである。いきなりお互いに顔を見合わせた。言葉はなかったが、賛成多数ではなく、文句なしに満場一致である。
いざ、突撃。
いきなり問題発生。「何を注文するの?どう注文するの?いくらぐらいかかるの?いつお金を払うの?・・・」誰も知らない。ということで、本屋へ。情報誌、旅行案内、小説、参考書、グルメ本など手当たり次第に立ち読み。一夜漬けならぬ30分漬けの知識を元に、今度こそ、いざ、突撃。
コワゴワ扉を開けると、清く明るく美しい声達が一斉に「いらっしゃいませ」とお出迎え。もう表には戻れない。だだっ広いフロアーにカウンターが6つ。お客さんはポツリポツリとしかいない。考えてみれば、まだ5時になったかならないか。空いているカウンターに、ソーッと堂々と座った。だって勉強してきたもん。
「なんになさいます?」
「ボトルでちょうだい」(立ち読みバンザイ)
「どれになさいます?」(メニューを渡される。いっせいに5つの頭が集合。指があっちこち。下から2番目のサントリーホワイトで止まる。)
「これ」
「飲み方はどうなさいます?」
「水割り」「コークハイ」「僕も」「ハイボール」「僕も」(ここも予習済み。全員、安心した顔になる。)
「お一人様1品、フードのオーダーをお願いしているのですが!」(これは強制?本になかったよな)
何か注文したのだろう。よく覚えていない。
5人の間に会話はほとんどない。たまに横のやつの耳元で、コソコソっと内緒話でもするかのように一言二言。中から、女性バーテンダー?コンパニオン?ホステス?さんが話しかけてくれるのだが、「ウン」とか「ハー」とか「ウーン」とか、会話と呼べない代物に終始する。中の女性も困り果てているのはなんとなく分かるのだが、こちらもどうしていいのか困り果てているのだ。頼むからソットしておいて、という気分。酒の味なんか全くしない。なんとなく液体が体内に入っていくだけ。
2杯ずつ飲んだところで、出ることになった。コーラや炭酸は納得できたが、氷代と水代が伝票に付いているのを見て、びっくり。何でも金を取るんだなーとは思ったが、こんなもんだと納得。支払いは7000円ぐらいだったが、高いような安いような、こんなもんだとこれまた納得。サントリーホワイトは酔わないような酔えないような、これもついでに納得。
支払いを無事済ませたので、これで帰れると安心したところで、後ろから男の人の声が。
「お客さん、少々お待ちください。」
全員、顔面蒼白。
「なんだなんだ?」
「ばれたか?」
「飛び出すか?」
と、目で会話。
コワゴワ、ソーット振り返った。すると、タキシードのような服を着た人が、
「こちらキープ券。こっちが次回の割引券です。またいらしてください」
とニコニコ。
ホットして、ともかく、表へ出た。というより、逃げ出した。目に付いた喫茶店に一時避難。時計は6時過ぎ。小一時間の冒険の旅が終了したはずであった。再度、問題勃発。キープ券をどうするか。捨ててしまおうという意見もあったが、半分近く残っているから捨てるのはもったいないということに。次は誰が持って帰るかという問題。これはジャンケンで負けたやつということで落ち着いた。結局、私が持って帰るはめに。
心臓の毛が円形脱毛症を起こした一日が過ぎた。
#ジャパニーズ