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突発新歓コンパ事件

 未知なる世界「大学」に入学したてのころのお話。

 クラブに入ることは決めていた。一つは写真部。もう一つは山登り。写真の技術はいずれ役に立つであろうし、将来は新聞記者になりたかったので、必須外単位として習得しておきたかった。山は中学時代に友人と二人だけで大台ケ原に登った経験がありそのときの美しさが忘れられなかったのと、中学の修学旅行で登った白馬岳で出会った雷鳥とオコジョの可愛さをもう一度味わいたかったからである。

 初めて一人暮らしをすることになったものの、何も無い家にいても仕方が無いので荷物の整理もそこそこに、ウキウキと大学まで自転車で出掛けた。正門を入ると、いたるところに新入生歓迎の看板。よく見るとクラブの勧誘の看板が、所狭しと並んでいる。入学式も済んでいないのにクラブに入っていいものかどうか迷いながら、ブ〜ラブ〜ラしていると、こんなに色々なクラブがあるものだと感心するほど種類があり、何処のクラブからも熱心に勧誘される。

 そのうち写真部の看板を見つけた。その勧誘員が非常に美しい女性で、にっこり微笑まれると、男子校出身の私は吸い込まれるように近づいていった。
 「写真に興味はありますか」
 と声を掛けられ、
 「貴女に興味があります」
 とは答えられず、
 「はい」
 とのみ。
 実は先輩の彼女で、他所の大学生であるとはつゆ知らず、
 「じゃあ、ここに名前と住所、電話があれば電話番号と学部名をお願いします」
 と言われるがまま記入した。

 記入し終わるやいなや、何処からともなくいかつい先輩が出現。
 「クラブボックスはこっちじゃけ」
 と文科系クラブの巣に連れ込まれる。
 そこには他にもなんとなく怖そうに見える男ばかり数人が、煙草をふかしている。リラックスさせてくれようとしているのは分かるが、大学がどんなところかも分かっていないし、すっごい大人の雰囲気に呑まれた上、初対面の人ばかりでとまどってしまった。ある先輩が、
 「麻雀はできるか?」
 とたずねるので、
 「一応ルールは知っています」
 「ちょうど面子が一人足りんかったけ。賭けんとやるか?」
 と誘われた。私も嫌いな方ではなかったし、今後お世話になる先輩のお誘いを断るのもどうかと思い
 「じゃー。でも賭けないでやるのは面白くないでしょう。点5ぐらいでどうですか」
 「点5は一軍レートじゃけん、点3でどうね」
 「はい。それで」
 ということで、雀荘へ。

 半雀4回。内トップ2回、2着1回、べべ1回。鴨に撒き餌をしたのであろうことは想像がついた。あいだ4間の見え見えに、テンパッてなさそうな人から一発はないぐらいは、当時の私でも分かった。
 少しお小遣いが増えた。4回生の先輩から、
 「今後はBクラス」
 といきなり宣言された。よくよく説明を聞くと、AクラスからCクラスまであり、Aクラスは点5、Bクラスは点3、Cクラスは点2と決まっており、認定なしに賭けのレートを変えることはできないルールが写真部内にあるとのこと。Aクラスに上がるまでに時間はかからなかった。

 写真部に入ったのか、麻雀クラブに入ったのかよく分からないまま、夕方クラブボックスに戻った。もう一人新入生を捕まえたようで、私たち2人と受付の女性も含め、夕食に誘われた。まだ冷蔵庫の中は空っぽだった上、美人と食事がごいっしょできると言うので、無条件で付いて行くことに。

 行き着いた先は、焼き鳥やさん。4回生の先輩が
 「とりあえずビール4本と串8本ずつ5種類ほど」
 とオーダー。先輩たちから注がれるまま、ビールをグビグビ、プハー。食べろ食べろ飲め飲め攻撃を受ける。ビールに日本酒に焼酎と立て続けにガブガブ。大学生は堂々と酒が飲めるのだという喜びと、誰も知った人がいない土地にこうやって歓迎してくれる人がいるという嬉しさと、初めて女性と一緒に飲める興奮が、私をハイにさせていた。

 適当にお腹がくちたところで、一次会はお開き。全部先輩のおごり。ある先輩が
 「もう一軒付き合うか?」
 顔を見合す0回生(入学前につき)二人。神戸出身の工学部の彼はすでに真っ赤になっており、雰囲気的には行きたくなさそう。ちょっと気を使って
 「帰りたい?」
 と彼に聞いてみたら、
 「うん」
 と言う返事。先輩もこれで逃がしたら丸損と
 「気を付けて帰るんで。明日ボックスに顔出したら、見やしい講義を教えたるけん」
 と彼に。再度顔を見合す二人。見やしい???(広島弁で簡単ということはしばらくたってから分かった)

 私はもうちょっと飲めそうだったので、付いて行くことにした。ショットバー?ナンチャッテバー?に連れて行かれた。というよりは、喜んで付いていったと言う方が正しい。
 マジックでデカデカ写真部と書かれたサントリーホワイトジャンボボトルがドッカーン。氷と水とグラスがホイ。『後は勝手にやれ』とまでは言われなかったが、雰囲気的にそんな感じ。バックバーには色々見たことの無い酒が並んでいるのだが、これを飲むしかなかった。高校0年生の時に飲んでた酒かよ、とは言えない。
 ストレートで飲もうと、水割りで飲もうと、不味い物は不味い。オンザロックで飲むことにした。数杯飲んでお開きに。グデングデンとまでは行かないが、少々酔っている自覚はあった。

 先輩たちも帰る様子なので、
 「ごちそうさまでした。今後も色々教えてください」
 と丁寧に挨拶して別れようとしたら、4回生の先輩から
 「お前、もう一軒つきあえ」
 と命令された。命令に逆らう勇気も理由もなかったので、
 「はい」
 
 二人だけで、今度はちゃんとしたバーに。どこがちゃんとしたかは意味不明なのだが、白いカッターシャツに蝶ネクタイをした年配のバーテンダーさんがおり、日本バーテンダー協会会員の看板が掛かっていたので、やっぱりちゃんとしたなのだ。
 「ドライマティーニ2杯」
 と先輩がオーダー。ステアせずにシェイクで、とは言わなかったが。
 「かしこまりました」
 とバーテンダーさんが返事をされたので、これは益々ちゃんとしていると確信。
 生まれて初めて飲むカクテル。中学時代から憧れのマティーニ。ドキドキ、ワクワク。美人じゃなく怖そうな先輩が横に座っている。実はこの先輩、非常に優しい人なのだが、見た目がどっからどう見ても頭に「や」の付く自由業の方に見える。
 
 カクテルグラスが二つ目の前に。中に氷。
 ミキシンググラスに、氷が山盛り。静々とステア(当時は知らなかった)される姿に見とれる私。ストレーナー(これも実物を見るのは初めて)で蓋をして溶けた水を捨てる。目分量で注がれる酒。再度静々とステア。
 カクテルグラスの氷を捨てて、注がれるマティーニ。二つのグラスにピタッと満タン。そーっとカクテルピンに刺されたオリーブが入れられるがこぼれない。レモンピールをササッ。
 まるでマジシャンの手に掛かったトランプを見ているかのよう。
 「どうぞ」
 とカウンターの上を滑らせて、目の前に。こぼれない。

 「いただきます」
 ということばが自然と発せられたが、これはバーテンダーさんに対して。
 先輩が飲み始めるのを横目で見ながら、同じようにグラスに口を近づけて、こぼさないようにソーッと飲んだ。
 これが憧れていたマティーニの味なんだ。でもそんなに美味しいものには感じなかった。オリーブを食べるタイミングも横目でカンニング。
 
 その日一番緊張した時間であった。

#カクテル

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