新入社員になりたての頃、東京の井の頭寮に住んでいた。私のようなオバカさんを雇ってくれた会社があり、新人研修をしてくれた。4月から8月までの4ヶ月だったが、お江戸に住んでいた。もっとも不真面目な寮生であったが、優秀な社員になるべく努力はした。
たまたま帰りの電車で専務と同じ車両に乗った時に
「なんで仕事をするのか」
と尋ねられた。
とっさのことで
「気力・体力・知力でしょう」
と答えた。
約8年間お世話になったが、東京に転勤の辞令が出た瞬間に辞表を提出。支社のヒラから本社の主任なら栄転になるのだろうが、上司は選べないという理由で。
提出して次の日に急遽、東京本社に出張を命じられた。専務に書類を届けて来いというだけのことである。FAXで済む用事なのにおかしいとは思ったが、大阪の上司は信頼していたので、A4の封筒をアタッシュケースにつめて本社に出頭した。
専務室に入り書類を手渡すと、
「なんでやめるねん」
といきなり言われた。
とっさに
「私の家系は豊臣の家臣の子孫に当たりますので、関ヶ原より東は鬼門と言われており、旅することはできますが、落ち着くことはできません」
と返事をした。
さすがに専務も、こりゃあかんと思われたらしく笑って済ましてくれた。
すかさず
「なんで仕事をするのですか」
と尋ねてみた。
「・・・・・・」
返事はなかった。
そこで、新入社員だった時の電車の中でのことを専務に話すと、これは使えるといってメモを取られた。8年もたってからメモってもとは思ったが、なんとなく嬉しかった。
専務室を出たら、向かいの常務室から常務が手招きしているではないか。
入っていくと、また
「なんでやめるねん」
と聞かれる。仕方が無いので、
「私はうどんが好物で、一日に一回は食べんと気が済まんのです。でも東京のうどんは汁が黒いので、東京には住めません。」
と答えた。よくもこれだけジョークが出てくるものだと自画自賛。専務も笑っておられた。
事務所にいた同期やお世話になった先輩に挨拶していると、社長秘書が肩をたたく。社長がお呼びとのこと。会社内でタバコの吸える唯一の場所。喜んで社長室に。入ると同時に
「なんでやめるねん」
さすがにもうジョークは出てこない。とりあえず社長に断ってタバコを一服。でも気の利いたジョークが浮かばないし、同じネタは使いたくなかった。仕方が無いので何か答えたと思う。
しばらく本社内をウロウロして挨拶をしていると再度、社長秘書が肩をたたく。手にはメモが。
「××時に○○で」
と書いてある。
彼女を口説いた覚えは無いが、デートのおさそいを断る手はないと喜んで時間通りにその場所に行った。すると彼女ではなく社長がそこに。
「これ以上引き止めるつもりは無いが、今晩一杯付き合え」
と言われ、銀座のラウンジに。
別嬪のオネーチャンがペタペタペタ。
思わず、会社の経費をこんなところで使ってやがったかと少し腹が立ったが、出てきたロイヤルサルートにつられ赦してしまった。社長の酒に関するセンスは認めることに。
話は、会社に残れと言うことに終始したが、接待で培った話術とオネーチャンをうまく使って撃退。
最終の新幹線で帰阪。結局会社はやめた。
あの判断は間違っていないと思っている。
#ブレンディド