大学時代は山屋をやっていた。暇はいくらでもあった(今も大して変わっていないのが残念)。アルバイトの日々(これも変わっていない)。金ができたら山へ入った。1日だけのこともあったが、数日はテント生活を楽しむことが多かった。長いときは連続30日以上を、山の中で過ごしたこともある。
ザックの中に、衣・食・住のすべての道具を詰め込む。50kg以上になることもしばしば。山の中で頼れるのは、自分の足だけである。が、どんな時もポリタンの中のウイスキーは付いて来た。ピューターには憧れたが、中身を買うのがやっとだった。
3~4人で数日間でボトル1本。足りた例がない。一人一日何杯と決めていても、残雪を見つけてはオンザアイスで、美味い湧き水を見つけては水割りで。だいたい3日目には、ポリタンは空になり、ザックは少し軽くなっていた。
ある夏、薬師岳に登ったときのこと。2人で立山から入り、3泊の山行きであった。初日の昼の食事休憩で、たまたま老夫婦と仲良くなった。私たちと全く同じ行程で歩くという。小屋泊まりの彼らの方が発つ時間が早く、テントを畳んでパッキングしてから発つ我々は、昼に追付く。午後は、4人で山を楽しんだ。
最後の日、薬師岳の頂上で、ご主人がピューターをDパックから取り出された。小型の銀色に光るそれは、ご夫婦のように年季が入っていたが、山男の小道具として輝いて見えた。よほど物欲しげな目でみたのだろうか。私たちにも、中身の方を、少し分けて下さった。いい香りに包まれたことは記憶に新しい。
足音以外に人が生み出す雑音のない世界。ピーンと張り詰めた美味い空気しか存在しない世界。テンとオコジョと雷鳥だけが住む世界。
傷だらけのシェラカップに注ぐウイスキー
暇と金が有り余るときが来たら、もう一度あのウイスキーを飲みに出掛けたい。
#登山