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ブルー・ベル

 前々回の「探偵は犬を連れて」のコメントを書いていて、犬の活躍するミステリーについて、肝心な作品を忘れているような気がしてならず、もやもやしたまま過ごしておりました。昨夜になって、はたと思い出したのが、アンドリュー・ヴァクスのバーク・シリーズです。

 ニューヨークの裏社会をしたたかに生き抜いている前科27犯の私立探偵、バークの相棒が、巨大で獰猛なナポリタン・マスチフの雌犬、パンジイです。 

  バーク・シリーズには、「探偵は犬を連れて」とは真逆に、シリーズを通して「ウイスキー」という単語がほぼ見当たりません。でも、どうしても紹介したかったので、遅ればせながら取り上げることにしました。

 パンジイのほかに、伝説の暗殺者の音なしマックス、レディを夢見る心優しき男娼のミシェル、託宣を告げる浮浪者のプロフ、天才的な技術者のモグラ、彼らを束ねる中華料理屋のママら、異形のファミリーとともに、バークは子供を食い物にしている犯罪者や組織に立ち向かいます。

 ヴァクスはワンパターンだとの訳知り顔の意見も聞きますが、青少年犯罪と幼児虐待の専門家でみずからも犠牲者だったヴァクスが、小児性愛者の忌まわしさを広く訴えるために筆をとったシリーズなのだから、同じテーマを執拗に繰り返すのは当然だし、毎回、登場する謎めいた女性も、物語の救いとなる母性の象徴として欠かせないでしょう。

 劇画調でいて、もっとも社会派のミステリーですね。むしろ、荒唐無稽なスタイルでなかったら、あまりにも重いテーマゆえにいまほどの支持は得られなかったかもしれません。

 個人的には、第3作の「ブルー・ベル」がとりわけ印象に残っています。

 少女売春婦の連続殺人犯を追うバークのまえに現れ、惜しみない愛を彼に与え、愛を求める、生まれながらに薄倖の女、ベル。綺羅、星のごとくいるミステリーのヒロインのなかでも、その存在感は際立っています。

 ハードボイルド小説の世界を俯瞰したとき、決して見落とせないシリーズで、順番に読み進めるのがいちばんだけれど、一作だけを選ぶとしたら本書をお勧めします。泣かされますよ。 

シリーズ・リスト

「フラッド」    徳間文庫 1988
「赤毛のストレーガ」    早川書房 1988
「ブルー・ベル」    早川書房 1990
「ハード・キャンディ」    早川書房 1991
「ブロッサム」    早川書房 1992
「サクリファイス」    早川書房 1993
「ゼロの誘い」    早川書房 1996
「鷹の羽音」    早川書房 1997
「嘘の裏側」    早川書房 1998
「セーフ・ハウス」    ハヤカワ・ミステリ文庫 2000
「クリスタル」    ハヤカワ・ミステリ文庫 2001
「グッド・パンジイ」    ハヤカワ・ミステリ文庫 2003

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