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ウイスキーに携わる人々:次回最終章(19)

{ストラスアイラ蒸留所}

(スコットランド・スペイサイド地区)ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。

私のウイスキー業界との唯一のつながりは大叔父でした。
彼は桶屋で、実はタン・ルームにあるワッシュバックの一つを作りました。
名前が書いてあります。
あれは、ここが最初に建てられた1881年のことでした。
ウイスキーの将来は明るいです。現在作られている種類の数はこれまでより多いのです。
一般社会での関心度は非常に高いのです。
このために、酒造家は自分のやっていることの重大さをもっと意識するようになりました。
特にモルト・ウイスキーでは飲み物を売っているだけではなく、人間についての物語も売っているわけです。
ウイスキーのことを理解するのにそれを作った人々のことも理解しないといけません。
蒸留所に来て、直接酒造家と話さないといけません。
今までのブランド品とこの点は違います。
モノレト・ウイスキーでは手作りの話が人々の心をつかみます。
私にとってこれは非常にいいことです。
今までは現場で一生懸命働いている人々は陰の英雄のような存在でした。
やっと彼らの功績が認められました。
今は、ブランド・マネージャーやマーケテイング担当者の代わりに蒸留所のマネージャーや倉庫で働いている人が公に対してその商品を代表するようになりました。
このような人は大体率直な性格なので非常にいいことだと思います。
ウォルター・スコット卿は不法に蒸留を行っている人々のことを「あのグレンリベットにいるずる賢い錬金術師達」と呼んだと思います。
その通りです。錬金術や黒魔術は絶対にありますね。
まあ、多少の魔法や運は入りますね。

注 意 : この内容の無断使用は出来ません。

#スコットランド蒸留所、風景

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