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ウイスキーに携わる人々(16)

{写真、マッカラン蒸留所、テイスティングルーム}

(スコットランド・スペイサイド地区)ウイスキーに関わって来た人々の話です。スコッチウイスキーへの情熱が伝わってきます。スコッチウイスキーが最高との思いが、伝わってきます。

ドラム(グラス)を小さくしすぎるのは非常識です。
やはり、ドラムをちやんとした量にする伝統があります。
しかし「ちやんとした量」の定義はところによってかなり異なります。
昔、二人の知り合いと一緒に飲んでいたときに非常に小さなドラムをもらった覚えがあります。
一人が「あっ、ハエがドラムに入った。」と言っていましたが、もう一人が「大丈夫。足が下まで届くから溺れはしないよ」と言っていました。
昔、給料袋は置き忘れても大丈夫ですが、ドラムは置き忘れてはいけませんと言われていました。
戻ってきたら、給料袋はまだありますが、ドラムはなくなっています。
これでスコットランド人の正直さの加減が分かると思います。
ウイスキーに関しては何でもありです。
ウイスキー・ガローのことですか。
ポリティシャン号がエリスケイの沖で浅瀬に乗り上げた事件は私が生まれる前に起きました。
しかし、船でウイスキーを回収しに行く島の住民の姿は素晴らしい光景だったでしょうね。
ポリティシャン号はアメリカの市場のためのウイスキーを積んでいましたから。
これに基づいてコムプトン・マケンジーが有名となった「ウイスキー・ガロー」を書きました。
ポリティシャン号はウイスキーをおよそ2万ものケースを積んだ状態でエリスケイの沖で浅瀬に乗り上げました。沈まないで、岸から船ですぐ行けるところで、岩に引っかかりました。
ある若者が沖に大きな船があると我々に伝えて、見に行きました。
島の住民が皆集まって、とてもわくわくした雰囲気でした。
ドックに入っているときと同じような高い位置で、岩の上に乗っていました。
島の住民はまず乗組員を助けましたが、そのときに貨物倉に入っているものを見つけたと思います。
漁船でポリティシャン号まで行って乗ったらはじめてその積んでいるものに気づきました。
うちの父親は聖ウイニフレッドという漁船を持っていました。
近づいたら男3人が乗っている小さな船がありました。
彼らは我々をパーティーに参加するように誘ってくれました。
何のパーティーか分かりませんでしたが、上に登りました。
そうすると貨物倉が見えてきました。
なんて信じられない光景でした。
たくさんのおじさんたちがテリーランプをつけて、下に座っていました。
まあ、実際に飲んでいたかどうかは言えませんが、とにかくウイスキーは山ほどありました。
軍隊や警察は早く来ましたが、たくさんのウイスキーはもう既に島まで運ばれていました。
あの船からたくさんのウイスキーが運ばれましたね。その量は正確には分かりませんが、とにかくたくさんでした。

注 意 : この内容の無断使用は出来ません。

#スコットランド蒸留所、風景

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